第一話 暗い瞳のベネリス

第一話 暗い瞳のベネリス

 ルインたちが工人アーキタの都市国家ピステに向かう機関車に乗って二日目の夕方、魔の都オブスグンドの『驚愕きょうがくの市場』の近くに大きな取引所を構える、『オード・ブラッド商会』の会員制のサロンには、高いワインと高級なステーキをゆっくり楽しみつつ、閉所までの時間をつぶす気満々の暗く赤い眼をした高貴な女がいた。

 両替を含むすべての取引を一手に引き受けている、このオード・ブラッドの高級サロンは、利用できる客はごく限られている。特に、最上級の会員でないと座れない、紫の天鵞絨(ビロード)の生地に金箔きんぱく精巧せいこうな木枠の寝椅子ねいすの席で食事を楽しめる者は、ウロンダリアの古王国中でもごくわずかのはずだった。

 深紅の胸当てや具足以外は、特殊な加護を持つ赤に金刺繍きんししゅうの長いサー・コートと、防刃銀糸のスカートという装いのこの女は、癖のある見事な金髪を黒いリボンで簡潔に束ねている。一見、貴族の姫騎士の形ばかりの礼装にも見えるが、彼女を知る者は決してそのようには考えない。彼女の『暗い瞳のベネリス』という名はこの魔の都でもそこそこに恐れと共に語られる名前だった。

「当サロンの閉館まで粘る気かしら? やんごとない身分の方の姿勢として、どうなのかしらね?」

 入口のほう、背後から聞こえた声に、暗い眼をした令嬢はソファの背もたれに首を乗せてのけぞり、声をかけた相手からすれば顔を逆さにした状態で向き合うような形で視線を向けた。

「声が違うと思ったわ。あなたなのね、ネルセラさん」

 暗い眼をした女はどこか恨みの感じられる微笑みを浮かべて挨拶を返す。サロンの入り口には、深紫のドレスを着て、ねじれた二本の角が側頭から生えている魔族の女がいた。オード・ブラッド商会の顧問こもんの一人であり、当主アルカディアの執事の一人でもある上位魔族ニルティスの貴族の女、ネルセラだった。

「狂気に身をゆだねた恐ろしげな姿勢はやめてほしいところだわ。魔族の私でさえ、いい気はしないもの」

「それは失礼しましたわ。でも血塗られた道を進む私の狂気など、ほんの些細な事。……そもそも、そんな私を汚してこの狂気をより強めたのは、あなたの仕えている姫様でしょうに。あの美しくも高慢な、アルカディア・オード・ブラッドのね!」

 ベネリスはここで首を戻して向き直りつつ、そばに置いてある愛用の小剣と、鎧通し、そして、黒い布に包まれた長い包みにちらりと目をやった。

「それで、姫様と戦うつもりかしら? いかにあなたが探索者や司祭、または戦士として強かろうとも……」

「本日の私は両替と、再びこの地に来たついでにサロンにお金を落としに来ただけですわ。ついでにアルカディアの顔を一目見て帰ろうとしただけ。挨拶のようなものよ。まあ空振りなのでしょうから、もうじき『西の(やぐら)』に帰るとしますわ。……まさかアルカディアも私ごときに怖気づいて出てこないという事も無いでしょうから」

「あなた、正当な取引に対して粘着し過ぎですよ? 嫌な皮肉ね」

「商人の取引が常に正統なら、恨まれて殺される商人など一人もいないでしょうが、現実は残酷なものですよ? ……まあいいでしょう。気になる話もありますし、もうじき引き上げることに致しますわ」

「そうですか、ごゆっくり」

 ネルセラは素早く立ち去り、姿を消した。

「まあ、こちらの思い人には会えないようですが、もう一人の思い人には会えるようですわね……」

  独り言ちつつ、残りのステーキとワインを片付けると、ベネリスはオード・ブラッドのサロンを後にした。

 夜になっても魔法の光や日光を蓄える光水晶ひかりすいしょうの街灯で照らされた魔の都は明るく、活気あるこの街に学ぶことは多い。時折、ベネリスの装いと美しい立ち姿を若い男が見つけて一瞬足を止めるが、その女が探索者界隈でも評判の『暗い瞳のベネリス』だとわかると、皆が目をそらしてこっそりと距離を空けた。

「魔の都の殿方も腑抜けばかり。つまらないものですわね。さあ、『思い人』に会いに行くとしましょう」

 ベネリスは西の(やぐら)までやや長い散歩をしつつ向かう。そびえる外壁と城のような櫓が見えてきた時に、寂しい区画で呼び止める声がした。

「待て! 『暗い瞳のベネリス』だな⁉」

「いえ、違いますわ」

「嘘をつくんじゃねぇ! その馬鹿にした高慢な物言い! この街に帰って来るのを待っていたぜ!」

「とぼけやがって!」

「観念しろ、命までは取らねぇ」

 物陰から、数人の覆面の男たちが出て来た。

「聞き覚えのある声。あなたたち、『驚愕きょうがく市場いちば』の探索者協会で私に言い寄って振られ、殿方にあるまじき強引な手段に訴えようとして返り討ちにされた方たちですね?」

「それだけじゃねえよ。お前の正体をある方から聞いてなあ。たんまり前払い金を貰ったところさ。大人しくしていたら命までは取らねぇよ! それっ!」

 フードの男の一人が緑色の光球を放ったが、それはベネリスの手前で霧散した。

「『麻痺(まひ)』が効かねぇ!」

「いいでしょう、お相手をして差し上げます。勝ったら身ぐるみ剥ぎ、少し我が道の(かて)……いいえ、肥やしとなっていただきますが、命までは取りませんとも、ええ」

 ベネリスは黒い包みから古びた剣を取り出し、さやから抜いて空に放り投げた。

「何を?」

 しかしベネリスは答えず、右手に黒い剣身の小剣を抜くと、左手から複数の小さな火球を放った。二人の男に命中し、覆面もマントも燃え上がる。

「あづぅい!」

 転げまわって火を消そうとする二人。

「魔術への防御が弱すぎですよ?」

「てめえぇ!」

 最も大柄な男が両手剣を、次に、それほど身長は無いが筋骨隆々の男が、斧を獲物に襲い掛かってきた。しかし、素早かった両手剣の男の方が悲鳴を上げる!

「なんだっ?」

 ベネリスが先ほど投げた、古く錆びたように見える剣が両手剣の男の肩に刺さっていた。その剣は落ちてきたにもかかわらず、ゆっくりと男の肩に沈み込んでいく。

「冷たい! 魔剣かこの剣は? 何か吸われる!」

「あなたが一番の手練れですか。『エリザベート』はあなたを気に入ったようですね。あなたに恨みも何もありませんが、我が血塗られた道の糧……いいえ肥やしになって下さいませ」

 微笑みつつ言いながらベネリスは素早くかがむ。その頭上すれすれを斧が横切り、彼女の髪が何本か切れた。標的を捕えられなかった斧は、簡素な木造の納屋の柱に深く食い込んだ。

「うぬ!」

 覆面の男は慌てて引き抜こうとするが、抜けない。

「嫁入り前の乙女の髪を切るなんて、感心しませんわね。しかも殺す気満々で。あなたにはこちら『ダリヤ』を……」

「ぐうっ!」

 ベネリスは黒い小剣を男のももに突き立てた。男は激しい寒さにさらされたようにぶるぶると震え出し、外れた斧を取り落とす。ベネリスはさらにその斧を拾い、短剣を持って機会をうかがっていた別の覆面男にぶつけた。短い悲鳴を上げて昏倒こんとうする男。可憐にさえ見える女の投げ方ではない、恐ろしい威力だった。

「あら運の良い方ね。頭をかち割られずに済みましたね」

 狂気じみた笑みを浮かべるベネリス。

「じょ、冗談じゃねえ、冗談じゃ!」

 残り二人の覆面男が悲鳴と共に同時に逃げ出す。

「『麻痺まひ』とはこのように使うものですよ。婦女子の自由を奪う使い方は法で禁じられているでしょう?」

 ベネリスは左手から二つの淡い緑の光球を放った。別々の路地に逃げた二人の男の背中に当たり、それぞれ姿勢を硬直させたまま、派手に吹っ飛んで転ぶ。

「片付きましたか。弱い方々。……別に、私を屈服させられたなら、ろくでもない依頼の通りに私で殿方の喜びを享受しても良かったのですよ? 私の受けた屈辱と苦しみは、むしろ少し癒されようと言うものです。……が、いささかあなたたちでは荷が勝ちすぎたようでしたね」

 暗く微笑みつつ、凌辱(りょうじょく)さえ肯定するベネリスだったが、こもる何者かへの深い恨みが男たちの心を完全に折っていた。女一人に数人の刺客は、余裕どころか全く不足していた。

「抜いてくれ! 寒い! この剣を抜いてくれ!」

「この依頼主を話していただけますか?」

「何でも話す! 話すから」

「おれも助けてくれ! 死にたくねぇ! 魂までは取らねぇでくれ!」

「いいでしょう。素直な男は好かれますよ?」

 ベネリスは両手剣を獲物にしていた男の肩から、顔にわずかの返り血を浴びつつも古い剣『エリザベート』を抜き、斧を獲物にしていた男の腿から、黒い小剣『ダリヤ』を抜いた。二人の男は異常な疲労を感じてがっくりと腰を落とす。

「そこの二人、逃げればこの二振りの剣の餌食にしますよ? 投げつければ逃げても刺さりますから。吸血の剣『エリザベート』と『ダリヤ』は、決して私の敵を逃さないのです。ふふふ……」

 ようやく火を消した二人も、大人しく従う。

「あ、あんた、吸血鬼だったのか?」

 恐ろし気な微笑みを浮かべるベネリスの眼は、夕日のような独特の色をしている。しかし、吸血鬼の特徴とされる怪しい光を放ってはいなかった。

「私はまだ、眠り女さえ務まる清らかな乙女ですよ? 心は忌々しい吸血鬼と凄惨な儀式により汚されてしまいましたが、二度と私を吸血鬼などと呼ばないでくださいね? 惨たらしく殺したくなりますので」

 頬に返り血をつけたまま、どこかうつろな微笑みを浮かべるベネリス。刺客たちは目に見える冷や汗をたらしつつ何度もこうべを垂れた。

 ベネリスはこの刺客たちに金品を差し出させると、さらに依頼主との合流地点を聞き出し、依頼主の男もやはり怪しげな剣の餌食にして、大元の依頼者の情報を聞き出した。その後、刺客の男たちに依頼主から奪った金を一部渡すと、深夜に「西の(やぐら)」に着いて、身を清めて深い眠りについた。

──幻獣の力を宿せる『依り代の剣』に、邪悪な存在を宿らせて特殊な剣にする技術もある。しかし、そのような剣は得てして驚くほど高価なものだ。

──フロギー・ドレク著『魔剣の鍛冶』より。

 工人アーキタの都市の騒乱が終わって数日間、ルインとアゼリア、クロウディア、シェアは様々な打ち合わせで『西のやぐら』と、工人アーキタの都市国家ピステを往復していたが、やっと落ち着いた。久しぶりに(やぐら)で一日を過ごすことにしたルインは遅い朝食を終えて、今後すべきことを紙に書き留めている。

「ご主人様、今日は時間ありますか?」

 両手で頬杖をついてルインの作業を見ていたチェルシーが、作業の流れを見て声をかけた。

「別に急いでないし問題ないな。根を詰めるような状況でもない」

「それなら何人か、ご主人様が目覚めたのを知って戻ってきた子たちがいるんですが、手が空きそうな時間になったら顔合わせしときません?」

 ルインはチェルシーの口調に、何か必要性がある事をわずかに感じ取った。

「優先したほうが良さげだな?」

「勘ですけどそんな気がしますよ? たぶん、ご主人様ならすぐに気付くんじゃないかなぁ? いや、自分で言うのかな?」

 チェルシーの言い回しは直接の言及は避けているものの、明らかに何か大事な話があると匂わせていた。

「何か意味があるわけか。会おう」

「良い判断だと思います!」

 それからしばらくして、古き光の民アールンならありえない事に、給仕服姿のセレッサが階段を上がってきた。

「ああルイン殿、今日は一日こちらなんですね。良い事です。あまり根を詰めても良くないですしね。……どうしました? 驚いた顔をして」

 セレッサはあまりに普通に給仕服を着こなしていた。

「大浴場で初めて会った時に気付くべきだったが、『古き民』のやんごとない立場の女性が給仕服を着ているのは普通ではあり得ない事ではないのか?」

「ああ……」

 一瞬のためらいを見せるセレッサ。しかし先に反応したのはチェルシーだった。

「あのー、夢魔リリムのネア氏族もやんごとなき一大勢力なわけでしてね、そこのお姫様も給仕服を着て誰かのお世話を甲斐甲斐しくやってるらしいんですよ。とてもとても可愛いと評判のお姫様でしてね。名前を……」

「そういえばそうか。なぜ? 確かに可愛らしいとは思うが、おれに対してなら過分の装いではないのか?」

「うわ、不意打ち貰いましたね。『可愛らしい』ですか……上手ですねぇ」

 ルインの予想外に直接的な言葉に、チェルシーは喜びつつもそこで言葉が止まってしまい、にやにやと微笑んでいる。

「あの、なかなかによろしい状況みたいですが、そろそろ私がお話してもいいでしょうか?」

「ああ、すまない」

「こほん。えーと、私は女ですが、しばらく男に偽装して育てられましたからね。可愛い服が全く着られなかったんですよ。正直な話、もう王族の血統とかどうしようかと思っていますから、可愛い服を着て皆さんと楽しく過ごせればそれもいいかなって思っています。何しろ兄たちに売り飛ばされかけましたからね。下手をしたら人間の醜悪な貴族に買われ、この格好でひどい事をさせられていたかもしれません。でも、今はとても安全ですからね。……で、ここからが本題ですがルイン殿、私は可愛いでしょうか?」

「おれに感想を?」

「実はここに来てからなんですよ、女らしい服を着るのは。つまり、感想を言ってくださるまともな殿方が私にはルイン殿しかいないのですよね」

 セレッサの深い緑柱石のような目が興味に満ちているのが、ルインにはありありと感じられていた。

「わかった。これは……可愛いが、それより美しさと品がある。人間には見いだせない清浄さに、あえて人間の趣味の意匠が……何と言えばいい? とても贅沢な気分にさせられてしまうな。健全な贅沢さと言うか」

「ほぉ、興味深いですね。気品のようなものがあると?」

「そんな感じもあるな」

「悪くないですね。うん、ありがとうございます!」

 そこに、階段室から声がかかった。

「あの、そろそろ上がってもよろしいですか?」

 奥ゆかしいが自信の漂う、品のある落ち着いた声だった。

「お待たせして申し訳ない」

 ルインに最初に見えたのは美しい金髪と、それを束ねる黒いリボンだった。続いて、こちらを見る暗い夕日のような眼。白い外出ドレスに暗い深紅のマントという装いだった。なかなか着こなせるものではないように見えるが、良く似合っている。

「初めまして眠り人様。私は通称ですがベネリスと申します。人は私を『暗い瞳のベネリス』と呼びます。この魔の都の探索者界隈でも、なかなかに恐ろしくささやかれる通り名なのですよ。以降お見知りおきを。そして難しいとは思いますが、憎からず思っていただけたら幸いです」

 ベネリスはそう言うと、とても丁寧な一礼をした。おそらく淑女の礼法に則ったものらしく、どこかに完璧な気品が漂っている。

「高貴な礼をありがとう。おれは魔王殿下よりルインという名を頂いた者だよ。ここ数日は忙しかったが、もしかして気を使わせていたかな?」

「とんでもございませんわ。それより、魔王様から頂いたお名前、とても素敵な響きですわね。そして、我が祖国バルドスタのベティエル派の軍勢を文字通り吹き飛ばしたとの事。眠り女としてあなたに身を寄せて正解でしたわ。ふふふ……」

 気に入らない相手に不幸が降りかかったような笑い方をするベネリス。しかしルインはある言葉に気付いた。

「祖国だって?」

「はい。我が祖国にして、もともとは我ら王族の統べる国ですわ。古王国をむしばむ進歩主義者の浅はかな思想にまみれた、ベティエル派の貴族たちと元老院が、私たち王族の権限をもっともらしい法で奪う以前までは、ですね」

「あっさり言っちゃった!」

 事情を知っていたらしいチェルシーが驚く。

「バルドスタの……王族⁉」

「はい。問答無用で放逐ほうちくや攻撃をなさいますか?」

 暗い瞳のベネリスは、茜色あかねいろの眼をルインに真っ直ぐに向けた。

「いや、そんな事はないが、立ち振る舞いは確かにそんな気もする。なるほど、複雑な事情がありそうだ……」

 王族にしてはどこか暗いベネリスの瞳も、直接的な物言いも、ルインには何か事情がありそうに感じられていた。それを察してか、ベネリスが品と安堵あんどの漂う笑みを浮かべる。

鷹揚おうような方ね。私の事情を単刀直入にお話いたしますね。苦境に立つ我が王族の為に、私の殺し屋になっていただきたいのです。元老院とベティエル派、さらに進歩主義者を可能な限り皆殺しにし、血の粛清をもって国を洗い流し、この度の工人アーキタの都市にかけたような迷惑と恥を二度とさらさない、誇り高く古き国に戻す手伝いをお願いしたいのです」

 全く歯に衣着せぬ直接的な物言いだった。部屋は静まり返る。

「……殺し屋。つまり、形勢が君の側に傾くまでに、殺しづらい何人かをどうにかして欲しい、という理解で合っているかな?」

「ええ。邪魔で悪質な者ほど狡猾こうかつに、しかし穴熊あなぐまのように慎重に隠れるものです。その何名かを葬り去り、さらに、私が完全に無防備になる、ある儀式の時にお守りくだされば、武力と意思で勝る我ら伝統あるバルドスタの者たちで何とか致しますわ。ピステの騒乱の時の隊長のような者たちこそが、本来のバルドスタの武人ですから」

「そういえば君の名前、聞いたな! クロスとマリアンヌは……」

「はい。私の信頼できる従士です。今は祖国での工作に動いてもらっておりますわ。これ以上我が祖国の名が堕ちて、古王国中で嘲笑ちょうしょうされるのには耐えられませんから」

 ルインはベネリスの様子を、特にその眼をよく見ていた。

「君の動機と考えは理解した。しかしなぜ君の眼はそんなに暗い? この問題が解決すればその眼は明るくなるか?」

 ベネリスは微かに笑みを浮かべた。

「感じの良い方ね。私の眼を明るくしたいのですか? でも残念ながら、私の眼が明るくなることはおそらく二度とないでしょう。ただ、私のような眼をするものは二度と現れなくなる、とは断言できますわね。それもまた目的ですから」

 何か深い事情をこの場にいる全員が感じ取っていた。

「……詳しく聞こうか」

「感謝いたしますわ」

 何の因果か、解決したばかりの工人アーキタの都市の問題を起こしたその元凶の国、バルドスタ戦教国せんきょうこくを舞台として、新たな事件が始まろうとしていた。

──バルドスタの王族の中には、しばしば過酷な儀式と試練を経て、守護神である戦女神、軍神ヘルセスの力を地上にあらわす者が居る。しかしその手法は秘儀中の秘儀とされている。

──ランドール・カイロ著『バルドスタの伝承』より。

first draft:2020.04.22

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