第三十七話 闇に堕ちる

第三十七話 闇に堕ちる

 いずこかの世界ウル・インテス、『二つの世界樹の都』テア・ユグラ・リーア。

 頭上の月から降りてくる黒い船のような形をした何かは、近づくにつれて相当な大きさだと皆が理解し始めた。

「あれは、まさか本当にミゼステ様が?」

 代表格の古き民の女性が言葉を失っている。

──ミゼステ! ミゼステ! ミゼステ!

 月の魔女たちは血のような赤い涙を流しながら両手を空に捧げる。降りてきたそれは傷一つない美しい帆船だった。進水したばかりのようなそれは雄大にして優美。船体には美しい物語の彫刻が刻まれ、艤装ぎそうには目立たない部位に貴金属や宝石が用いられており、船首象は手を合わせて祈る有翼の女神だった。

「皆、何が起きるか分からないから待避と……心を強く持って!」

 ラヴナは世界樹の都の民たちにそう言いつつ、強力な『念話ねんわ』をウロンダリアの仲間たちにも伝わるように極大にして用い、再び黒い獅子シベレーに乗ってバルセの所に戻った。

 バルセは美しい立ち姿のまま、降りてきた巨大な船を眺めている。

「バルセ?」

「ラヴナ、まずいわ。とても位の高い女神よ。闇に堕ちていたら私たちではちょっと相性が悪いわ」

 美しい大帆船は不気味なほどの沈黙を保っている。ラヴナは獅子で、バルセは翼を展開して、船の見下ろせる位置まで上昇した。

 甲板は黄金のような淡い光が満ち、船首象と同じような有翼にして淡い金色の髪の女神が両手を広げて立っていた。その長い髪は途中から細い無数の綱のように編まれており、右手には無数の綱の束を、左手には鈍色にびいろいかりを、そして腰には幾つかの優美なランタンが下げられている。

「目を、閉じているわ……!」

 バルセの指摘の通り、その美しいであろう眼は閉じていた。人々を見守る神々がこのように目を閉じるのは、『見守る事をやめた』事をしばしば意味していた。

「もう堕ちているのね。まずい!」

──大災厄だいさいやくが起きる! 皆備えろ、気をしっかり持て!

 ラヴナは再び『念話ねんわ』を皆に届くように飛ばした。その言葉の終わらないうちに、船の女神はゆっくりと眼を開ける。

 刹那、世界は暗黒に変化した。女神の声が響く。

「我はミゼステ。『豊穣ほうじょうなる雨の地』ウル・インテスの船と航海を司り、加護する者なり。今や私の民たちは見放され、堕落だらくした。誰がこの悲しみと虚無きょむを知り得よう! わが心はもはや闇の海の難破船。ただ波間をさすらうのみ!」

──闇にちたウル・インテスの船と航海の女神、ミゼステ。

 ラヴナとバルセの周囲は全て、闇の大嵐の荒れ狂う海となり、三種族たちの悲鳴が方々から聞こえてくる。

 美しかった大船は幽霊船の如くち、船首にはいびつな目のように二つの大穴が開いており、その奥には歪んだ瞳のような赤い憎しみの光が渦巻いていた。有翼の女神の船首象は無数の髑髏どくろを基部とした、憎しみに満ちた表情の女のミイラのようなものに変わっている。

「ラヴナ、あの姿を!」

 バルセの指さす先、船の女神ミゼステは黒い亡霊のような衣装となり、髪は闇のように黒く、肌は骨のように青白い。痩せてしまった体は錆びた黒い鎖で生贄いけにえのようにマストに縛り付けられており、その両目にも鎖が巻かれて黒い血が流れ続けている。開いた口は恐ろしい慟哭どうこくを嵐のうなりのようにあげ、その度に暴風雨が打ち付けてきた。ミゼステの叫びが続く。

「どこへ行けと言うのだ、何をみちびけと言うのだ! 全ての船が沈んでも嵐は残り続けるごとく、我らは全て闇の嵐に呑まれ、朽ちて深海の軟泥なんでいと化す定めだ! もはや何も見とうない!」

 ミゼステの叫びに呼応するように、マストや帆桁の末端に髑髏の鬼火が灯る。さらに、異常に冷たい雨が降ってきた。

「絶望の雨に打ちひしがれ、沈むがいい!」

 ミゼステの叫びと共に、黒く冷たい雨が降り注ぐ。幾つかのそれに触れたバルセは、凍てつく雹がぶつかった時の沁みる冷たい痛みを思い出した。

「ラヴナ、この雨はまずいわ。心を凍てつかせる性質がある!」

「これほどの権能を持つ女神が闇に堕ちるなんて!」

「助けてくれ! 助け……寒い……寒い!」

 この強力な凍てつく雨の効果で、助けを呼んでいた三種族たちはその気力さえ無くし、うつろな表情を浮かべて次々と沈んでいった。

「ラヴナ、どうするの? これはちょっとまずいのではなくて?」

 球状の防護の場を形成して身を護るバルセが深刻な表情で問う。

「ルイン様といると、本当に退屈しないわね……」

 不敵に笑うラヴナ。しかし、その声にいつもの余裕がなく緊張が漂っている事に、バルセも気づいていた。

─神々はいつも同じ姿でいるとは限らない。人の心の状態と同じく、それは時に姿を変える。ただ、持つ力が強く、その期間が長いため、異なるもののように人は解釈をしたがる。これらは『相』などと呼ばれ、それも一つとは限らない。

──賢者ウルボルスト著『神の顔』より。

 『高き渡り枝の街』ル・ラーナ・シ・リーア

 ラヴナの『念話』による警告が届く直前に、神の気配を感じていた何人かの眠り女と『薔薇ばらの眠り人』ロザリエ・リキアは、直後のラヴナの警告をぎりぎりで生かす事が出来た。

「ああ、これは大変な戦いになるわね……!」

 ロザリエは黒く美しい長剣『黒き薔薇ばら冷静れいせい』と、青い小剣『蒼き薔薇の情熱』をそれぞれ引き抜き、剣で印を結んで交差させた。幻影の如く青い薔薇の花びらが舞い、淡い光が満ち始める。

薔薇ばらよ、薔薇よ! 静謐せいひつとげにより、清く然るべくあるものよ、けがれし闇よりいばらによって分かたれたまえ!」

──静謐せいひつなるいばらの領域。

 駐屯地ちゅうとんち穹窿天井きゅうりょうてんじょう(※ドーム型の天井)は淡い光によって見えなくなり、どこまでも上に続く円柱状のいばらの壁が現れた。青い薔薇ばらの花びらがわずかに舞い、薫香くんこうが漂っている。塔に似た構造のこの荊の円柱は、内側に螺旋階段らせんかいだんの様な荊の突起が上へと続いていた。

「間一髪だわ、それにしても何という高さ……いえ、『深さ』かしら。この荊の領域の外は、遥か上でラヴナ姫が対応している『船の女神』の呼び出した闇の領域の深さそのものよ。現世にこれだけの領域を呼び出すなんて……!」

 やや弾む呼吸と共に説明するロザリエだったが、たて続けに目にした『薔薇の眠り人』の力に誰もが言葉を失っていた。ウロンダリアにおいては、眠り人は下手な神々より強く力があるとされていたが、よくこのたとえの引き合いに出されるのがロザリエでもあった。

 『深淵の探索者協会』の特別顧問とくべつこもん、老べスタスが震え声で話す。

「何という力じゃ! 不謹慎かもしれんが、まさか伝説の『混沌戦争カオス・バトル』の英雄の一人、薔薇ばらの眠り人の力をこの目で何度も見られるとはのう!」

 ロザリエはこの言葉に一瞬驚いた眼をしたが、すぐにいつもの奥ゆかしい笑みに戻った。

「奴らと雌雄しゆうを決する日はいずれ訪れ、私はまあまあの戦いができるようね。それは私には有益な情報だわ。少し先が見えなくなっていたところだもの」

「そうであった! 余計なことを言ったかもしれぬ」

 このロザリエが自分たちのいた時代から千年前、『混沌戦争カオス・バトル』のさらに二百年も前から来ている事をつい忘れたべスタスは、自分の言葉がわずかにでも時の流れに及ぼす影響を考えた。

「問題ないわ。それより深刻なのは、私の力はそろそろ休息しないと使えなくなるという点ね。戦いに加わるべきでしょうけれど、この荊の領域の外側、闇の海の中に、この都の沢山の人たちが沈んでくるのが分かるわ。わたしはその人たちをこの中に引っ張り込むだけで手いっぱいよ」

 ロザリエの言うそばから、淡い若草色の光とともにいばらの壁を通り抜けて、ずぶぬれで意識を失った世界樹の都の三種族の戦士たちが次々と領域内に落ちてきた。

「位の高い女神の闇の領域にいばらを伸ばすのは、なかなか大変な事なのよ……!」

 ロザリエは二本の剣で複雑な印を結ぶ。さらに大勢の戦士たちが荊の壁をすり抜けてきた。

「皆、概要はラヴナ姫の『念話ねんわ』で把握したでしょう? 位の高い女神の『やみそう』はとても強くて恐ろしいものよ。ここで救護する人と、上での戦いに加わる人と、よく考えて別れた方がいいわ。人選が終わったら、私は戦う人を上に届けてあげるわ。あとは救援と場の維持で手いっぱいね」

 ウロンダリアの戦士たちからも、既に余裕の空気は消えていた。

──『混沌戦争カオス・バトル』の終盤、混沌の花の神ヴァラリスは広大な妖花咲き乱れる地を呼び出し、多くのウロンダリアの戦士が呑み込まれかけた。この時、『薔薇の眠り人』ロザリエは、荊の橋を架けて単身突撃し、両足と左手を食われながらもヴァラリスと刺し違え、彼女を追い払った。

──詩人ホーラルの詩集『伝説の混沌戦争』より。

 上層、『船の女神ミゼステ』とラヴナたちの交戦地点。

 船の女神ミゼステは嵐のような恐ろしい叫び声をあげ、荒れ狂う闇の海に暗い紫の稲妻と竜巻までもが現れ始めた。黒い獅子シベレーに乗り、球形の力場りきばを形成して宙に浮くラヴナは舌打ちをする。

「女神のこういうところが嫌い。普段はお綺麗でいるくせに、その心が絶望に染まると世界そのものがそうだと言わんばかりに闇に堕ちる! 尻ぬぐいする者の身にもなれと言うのだ。私たちのように零落れいらくに抑える努力もせずに……!」

 雨に濡れた赤い髪をかき上げつつ、ラヴナが苦言を漏らす。

「あれほどの女神だもの。尻をぬぐう良い男もいるのではなくて??」

 この期に及んでも軽口をたたくバルセに、ラヴナは闇の雲に見え隠れする月を眺めながら意味深に返した。

「バルセ、その冗談は洒落にならないかもよ?」

「それは勘弁してほしいわね。……で、私はどうしたらいいかしら?」

「隙を作って。一瞬でケリをつけてやるわ」

「了解。眠り人は二日貸してくれるって事ね?」

「……生きて帰れたらね!」

 流石にもうラヴナも軽口に返さず、二人は真顔になった。

「まあ任せて! ……シウバス!」

 バルセの隣に全身が氷の青白い毛並みと碧色へきいろの眼をした獅子が現れた。バルセはその獅子に乗り、巨大な船の上空を一周する。その描いた円は氷の円盤となり、そこから無数の大きな氷塊がミゼステに降り注いだ。白い冷気の輝く氷塊ひょうかい帆桁ほげたを折り、甲板に幾つかの大穴を開ける。

黒曜こくよう魔導竜まどうりゅう、我がしもべギルディアスよ!」

 ラヴナの背後上空に、獰猛なダギドラゴンの頭を描いた魔法陣が紫に燃える。

──おお、我が母なる造物主よ!

 黒曜石こくようせきの巨大なダギドラゴンの首が、黒くまばゆい煙を口から漏らしながら現れる。

「あれなる闇に堕ちた女神を薙ぎ払い、消し飛ばせ!」

 ラヴナは勇ましく船の女神ミゼステを指し示す。

 しかし、ここでミゼステは鎖に縛られて見えないはずの眼をバルセとラヴナに向け、一瞬の逡巡ののち、鬼火の燃えるランタンを浮かべて恐ろしい声で言葉を紡いだ。

「迷いは星辰せいしんを見失い、その眼は全ての光を見誤るであろう!」

──みちびきの消失・暗夜航路あんやこうろ

紫炎しえんを吐け! ギルディアス!」

 一瞬遅れて、ラヴナの呼び出した魔導の竜はすさまじい魔力の奔流ほんりゅうを放った。

(これで!)

 ラヴナは勝利を確信していた。しかし、ミゼステを捉えていたはずの火線はなぜかぶれ、ミゼステの船にかすりもしなかった。

「畳みかけてやるわ!」

 上空からバルセも巨大な氷塊を降らせる。しかし、それも当たる直前でなぜか船の位置がずれていたように違う位置に落ちる。

「ラヴナ、やられたわ。ずらされてる!」

「畜生、強いわね!」

 ラヴナとバルセは船の女神ミゼステの位の高さとその権能をよく理解した。少なくとも自分たちと同じか、それ以上。それは先手を取られる可能性も出て来ることを意味していた。

 絶叫に近く、ミゼステが何かに呼び掛ける。

「死す時に我が名を呼んだ者たちよ、我が闇のかいなはお前たちへの慈悲じひ抱擁ほうようを忘れぬ。戦いの栄誉を与えよう!」

 船首象せんしゅぞうの基部、無数の髑髏どくろの眼に鬼火が宿ると、それらは甲板かんぱん帆桁ほげたなどの各所に飛び、骸骨がいこつの船員姿となった。さらに、鬼火に包まれた大砲や捕鯨砲ほげいほう、火炎放射器などが隙間なく配置される

「なんて事を!」

 ラヴナとバルセに無数の投射兵器が放たれ始めた。

「ちょっとちょっと、何あれ!」

 バルセは大きな氷塊ひょうかいを盾にして無数の氷の投げ槍を呼び出し、それを撃ち返す。しかし、その攻撃はやはりずれて全て海に落ちてしまった。

「ラヴナ、完全にずらされてるわ!」

「だったらこういう趣向しゅこうはどう? ギルディアス、狙わずにぎ払え!」

──承知しょうち

 魔導の竜ギルディアスは、火線かせんの続く限りにでたらめに咆哮ほうこうを放った。のたうつような残光ざんこうを残して放たれた火線はミゼステの船の帆を焼き、骸骨がいこつたちから悲鳴が上がる。

「狙わなければ当たるか。何という皮肉だ!」

 思わず勇ましい口調になるラヴナ。しかし、大量の魔力を消耗するこの方法は決して効率が良くなかった。この攻撃に対して、ミゼステがさらに何かを呼ぶ。

「我が眷属けんぞくたちよ、蒼白そうはくの戦士と共に戦乙女いくさおとめとなれ!」

「ラヴナ!」

 もうバルセの声にも余裕が無かった。

「わかってる。また何か呼ぶ気ね!」

 狙った攻撃が当たらない状況にラヴナは何とかして打開策を見出そうとしていたが、畳みかけるように状況は変化していく。暗い空から月の魔女たちが祈るように手を組んで降りてくると、荒れた海に奇跡のように降り立った。

 月の魔女たちは生気の無い戦乙女いくさおとめの亡霊の様な姿になると、その足元から中規模の戦船が浮上し、髭斧ひげおの鍵槍かぎやりの多く見られる輪繋ぎ鎧リングメイルの戦士たちが暗い雄叫びを上げる。その肌と顔は塗ったように青白い。

──闇のミゼステの信徒しんと蒼白そうはくの海の戦士。

「我らが女神に敵の血肉と魂を捧げん!」

 海はラヴナやバルセに届く高さの波が立つほどに荒れ、蒼白の戦士たちの乗る船は滑るように向かってきた。鬼火に燃える無数の矢と、ミゼステの船からの投射兵器も嵐のように襲ってくる。

十艘じゅっそうもの眷属けんぞくの船? ラヴナ、こんなのいつまでも凌ぎ切れないわ! ……言いたくないけど、あなたの本当の姿を開放しないと……」

 バルセの気を使った言葉に、ラヴナは沿わなかった。

「何とかしてみせる!」

 ラヴナは黒曜石の塊を呼び出して投射兵器を凌ぎつつ、無数の火球を浮かべて爆撃のように落とした。しかし、それらは巧妙に位置をずらされ、水に落ちた花火のように消えていく。

 さらに強力な嵐もラヴナとバルセの魔力をじわじわと削りはじめていた。二人は闇に堕ちた女神により、それこそ嵐の夜に波間をさすらう遭難者のような状態にされてしまった。

「ああ、下手すると私、これで死んでしまうわね。あなたに借りを作って、ほどほどにあの強い人と素敵な時間を過ごしたかったのに」

 先を見通せる分諦めも早いバルセのつぶやきに、ラヴナは束の間戦いを忘れた。

「は? 聞き捨てならないわね。そんなこと考えてたのこの泥棒猫!」

「泥棒猫以前にここで死んじゃうわ! 私ったら可哀想な猫ちゃん。本当に死んだらあなたの事は絶対に許さないから! 大体あなた、先が見通せるくせに何でそんな……!」

 素を晒していたラヴナの心をバルセは見通し、ある事に気づいた。

「どっちが泥棒猫よ! あなた、眠り人と深い仲になってるわね?」

「あれは事故よ!」

「泥棒猫はみんなそう言うのよ! このまま殺されるくらいなら最初にあなたを殺してやりたいところだわ!」

「危ない!」

 しかしここで、怒るバルセの氷の塊が大砲の弾によって砕け、ラヴナは獅子に乗ったままバルセに体当たりをした。

 ほとんどの攻撃はラヴナの黒曜石の塊で防がれたが、その肩に綱のついた太い矢が貫通する。

「うっ!」

「えっ? ラヴナ、あなたなぜ私をかばって? 私たちは全て自己責任でしょう?」

「わからないわそんなの! とにかく気を付けて!」

 ラヴナは苦痛に顔を歪めつつも、小さな火球でその太矢の綱を焼き切ろうとした。ところが視界がぶれて綱を切れず、恐ろしい力で引きずられ始めた。船の女神ミゼステを見ると、骸骨の船員がラヴナの矢に繋がる縄を数人がかりで巻き取っている。

「くそっ!」

 その矢はどれほど力を込めても抜けない。

(やはり、私たちより位が高い!)

 取り込まれてしまえば、自分も何らかの眷属にされ、自我を失ってしまう可能性があった。

(嫌よ、それだけは嫌!)

 しかし、ラヴナはここで、胸の奥にはがねの炎のような何かが燃えている事に気づいた。

(ルイン様の、心……?)

 何かに気づいたラヴナは、全身を紫の炎で包む。その炎が一瞬だけ鋼の色となり、太矢のロープは焼き切れた。

(闇ではない、何? この力)

「ラヴナ、お別れかもしれないわ!」

 再び、投射兵器が猛烈に放たれる。

「バルセーっ!」

 さらに再び、海面は大きく盛り上がり、蒼白の戦士たちの船が迫りくる。

「ルイン様!」

思わずラヴナは叫ぶ。何者かの美しい声が、それに応えた。

「やっと、たどり着きました!」

──真なる数の言葉・領域と力の否定。

 上空から光の柱が降り、投射兵器が消える。さらに、ラヴナが聞いた覚えのある声も続く。

餓鬼がきの王よ、全て食らうがいい。死していつまでも混乱に乗じる、これもまた傲慢ごうまんなり」

──餓鬼がきの王、海喰い。

 闇の中から痩せさらばえた大きな手が現れ、蒼白の男たちの船を持ち上げると、腹だけは大きい、醜くも痩せて汚れた大男がむさぼるように噛み砕き、飲み込んでしまった。蒼白の戦士たちと月の魔女は、逃れようとしても敵わずに食い殺されていく。

 声のほうを見て、そこに浮かぶ青い法衣ほうえと王冠を頂く骸骨にラヴナは驚く。

「あなたは、あの時の骸骨の王様?」

 ラヴナはバルドスタの絵画聖堂かいがせいどうで、ルインの留守を務めていた青い衣の骸骨に見覚えがあった。

「久しぶりよな娘御。間に合ってよかった。あの男よりの援軍だ。余は死者の王にして飢えし者どもを導く者マルコヴァス。あの男の盟友なり」

「こんにちは、闇の真王様の領域を宿す古き神キュベレの一柱さん。ラヴナ姫とはあなたの事ですね?」

 上空から真鍮しんちゅう聖杖せいじょうを持ち、切り取られた二枚四対の翼を持つ、切れ込みの多い黒い衣装と黒い髪の女が降りてきた。その姿はラヴナが知っている古い書物の内容に間違いが無いなら、絶対者たちに仕える存在、天使プラエトと呼ばれる者だった。

「高位の天使プラエト、なぜ?」

 黒い髪の女の姿をした存在は微笑む。

「今の私たちは悔悟かいご天使プラエトと呼ばれています。かつて存在した天使とはやや異なる存在です。私の名は『修復者しゅうふくしゃ』セシエル。同じく援軍であのお方に遣わされました。この任を光栄に思っております」

「よくわからないけど、何とかなりそうって事ね?」

 援軍を迎えた戦いは、新たな局面を迎えつつあった。

──悔悟かいご天使プラエトたちの事は良く分かっていない。しかし、復活した世界の幾つかは、彼らが悔悟とともにその復旧・復活に努め、再び他の種族に引き渡したらしい記録が散見されている。

──賢者フェルネーリ著『新世界秩序』より。

first draft:2021.12.11

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