第二十話 邪悪な真相

第二十話 邪悪な真相

 不気味な霧に閉ざされて視界の悪い空間の中、それぞれが現れた髑髏どくろ甲冑かっちゅうの騎士に向かう。この霧の空間は特殊で、おそらく髑髏姿の騎士たちが何らかの術式で展開しているらしく、ある程度髑髏の騎士に近づいた者はそれぞれが他の仲間の気配を感じられなくなった。

「お前らには言いたい事は山ほどあるけど、言っても通じないから派手にぶっ飛ばしてやるからな!」

 ミュールは鎖の長い明星槌(モーニングスター)を回して飛ばし、騎士の駆る戦車の馬の頭を馬甲ごと叩き潰した。緑の鬼火おにびと化して一頭の馬が消える。

「やっぱり銀だと当たるみたいだな」

 しかし二人の騎士は動じず、ミュールと同じような鎖の長い明星槌を取り出すと、青い鬼火の伴うそれを振り回しつつ周りを旋回し始め、短い掛け声とともに投げつけてきた。ほぼ完璧に狡猾こうかつな間を取って投げてきたそれは、おそらくこの世の物ならざる力で正確にミュールの両腕に巻き付く。

──神獣しんじゅうだ。

──神獣の女だ、楽しめる!

 不気味な声が心に響くが、ミュールは不敵な笑いを浮かべた。

「お前らもぐりだな。神獣を知っててあたしを知らずに、力比べしようってのか? ……なあ!」

 ミュールは力を込めて腕を曲げた。びくともしないその様子に、二人の騎士は速度を増し始めた戦車に放り出され、石畳いしだたみの上に落ちる。ミュールは鎖を手繰って右手にまとめると、あろうことか甲冑を着た二人の騎士を振り回し始めた。

──なんだ、この力!

──我が戦車よ!

 騎士を取り残した戦車は旋回して戻り、ミュールに体当たりをするような位置を取り始めた。しかしミュールは不敵に笑う。向かってきた戦車に二人の騎士を派手に叩きつけては戦車を粉々にしまった。

「まだだ! ほらもう一丁!」

 腰を落として再び二人の騎士を振り回すと、もう一台の戦車にたたきつけ、そちらも粉々にする。騎士たちは短い悲鳴を上げて転がった。

「色んなかたきがいるけどさ」

 ミュールは腕に絡みついていた明星槌と鎖を放り投げると、自分の銀製の明星槌を振り回し始めた。

「お前らウリス人には一切手加減しないって決めてるんだ!」

 叩きつけた明星槌は騎士の甲冑を打ち砕き、胸に大穴を開ける。これで、騎士の一体は緑の鬼火に包まれて消えてしまった。

「お前もだ!」

 もう一体の騎士の頭も明星槌で叩き潰した。こちらも鬼火に包まれて消える。

「相手が悪かったな。お前らなんて蟻を潰すより簡単だよ!」

 ミュールは明星槌の鎖を巻きなおすと、戻ってきた気配の中にバルドスタ兵と絵画聖堂かいがせいどうの方向を感じ、物足りなそうに歩き始めた。

──神獣には様々な系統があり、それは人の神々のように多種多様でもある。彼らはかつて、人間が神の写し身とされる前の古き神々の名残であり、古き世界の滅亡と共に多くは姿を消したとされている。

──薔薇の眠り人ロザリエ・リキア著『神獣の起源の考察』より。

 死者の王マルコヴァスは、自身の周囲に浮かべた魔力の光球から無数の光弾を放ち、一体の騎士を戦車ごと空中に浮かべる勢いで爆散ばくさんさせていた。

「弱い。所詮しょせんは洗練された我が魔術の敵ではないか。人も、いや、時には神もまた猿に近く野蛮なものではあるが、貴公らは数を頼りのまさに猿の群れ。蛮行ばんこうの数から地獄の騎士として転生したとして、余に勝てる道理が欠片ほどもあろうか?」

──クソ骸骨がいこつめ! 殺してやる!

 しかし、もう一体の騎士は焦りからか話を聞かずに戦車を旋回させ、魔術による投げ槍を連投しながら迫ってきた。

「邪悪とは、力あるものがその力を独占する行いを言う。そして邪悪なる者は分け与えられ、滅ぶべきなのだ」

 マルコヴァスは骨の手を突進してくる騎士に向けた。

永劫えいごうに飢えし者よ、邪悪なるものを汝らの聖餐せいさんとせよ」

 戦車を丸ごと包むほどの黒い球状の空間が現れたが、その中には歪んだ牙や口、濁った恐ろしい目などが不規則に並び、絶えず形を変え、激しい飢餓きがを訴える恐ろしいうめきが鳴り響く。騎士は慌ててこの得体の知れない黒い球状の空間を避けようとしたがほとんどかなわず、馬と戦車の大部分と騎士の身体の半分以上がその空間に触れて消失し、騎士の半身がどさりと転がった。

「余は神々の愚かなる摂理せつりが生み出した、憐れなる餓鬼界(ゴウラー)の亡者たちと盟を結んでおる。醜き魂は彼らにより、転生の権利さえむさぼり食われるべきなのだ……」

 詠唱えいしょうも無しに恐ろしい力を行使した死者の王マルコヴァスは、気配の戻り始めた霧の空間の中を、絵画聖堂かいがせいどうの方に向かって移動し始めた。

──かつて地上のほとんどを征服した偉大なる王がいた。しかし、王の美しい妻と娘はこの王が仕えていた神に奪われ、王は復讐を誓い、死を超越し、やがて全ての神は滅ぼされた。この王はダークスレイヤーとしばしば混同された。

──刻者不明『闇の討伐者の遺碑文(ダークスレイヤー・テスタメント)』より。

 炎の双剣そうけんふるい、炎のひょうを友とするバルドスタの豹人ひょうじんの戦士クロスは、柄の長い髑髏どくろの意匠の棍棒を揮う騎士と既に数合切り結んでいた。

──豹人の女か、可愛らしい事だ。面白い! その魂を地獄界に連れ、我がめかけにしてやろうぞ!

「私を可愛いと言ったな? 親しい者以外には高くつく言葉だぞ!」

 クロスは殺気を強めた。戦車の騎士は青い鬼火をまとった投げ槍を十本ほど呼び出し、クロスと炎豹えんぴょぅユゼルの周囲にばらまいてくる。左右への回避は誤った判断だと確信したクロスだが、それこそが騎士の狙いであり、長い棍棒を大きく構えて突進してきた。

「行くぞ、我が友!」

 心で自分のこの後の行動を計算しつつ炎の豹に取って欲しい行動を念じると、豹と豹人は二手に分かれた。炎豹は左の騎馬のわずかに露出した喉に食いついて体をひねり、その体重をかけて馬の足を止め、クロスはすれ違いざまに右の騎馬の前足を二本、それこそ黒豹のように低い姿勢で斬り飛ばす。

──やりおる!

 騎士は警戒を怠らずに注意をクロスに向けており、クロスが渾身の力で放った炎の剣を棍棒ではじいた。しかし、さらにそこに炎豹ユゼルが襲い掛かり、左の肩に牙を食いこませる。

──大猫が!

 騎士は長柄の棍棒を手放し、腰ののこぎりのような剣を抜こうとした。しかし、その一瞬でクロスを見失った事にまだ気づいていなかった。がら空きになった右の首筋に、上空から落下してくるクロスが全体重をかけて炎の刃を押し込む。

──何だと!

 騎士は一瞬硬直したのち、その鎧の隙間から激しく炎が噴き出して、やがて緑の鬼火と化して戦車ごと消えてしまった。クロスは近くに落ちていた炎の双剣『デュラス・バルカ』の片割れを拾い上げつつ、鬼火の消えた場所につぶやく。

「お前の敗因は、私を可愛いと言った事だ。……行こう、ユゼル」

 クロスもまた、絵画聖堂の方に向かって歩き始めた。

──豹人はしばしばこだわりが強く、無口な者がおり、そのような豹人は大抵、自分のこだわる分野ではひとかどの者である。バルドスタの豹人の武人にはこのような者が特に多い。しかし、裏表のない性格の為、嫌われている事は少ない。

──インガルド・ワイトガル『ウロンダリアの種族』より。

 ルインは角のある兜の騎士と激しい戦いを繰り広げていた。

「悪くない。そこそこの闘志がある」

 角のある騎士は青い鬼火をまとった多数の武器を呼び出し、それらは見えない戦士が操るような動きで襲ってくる。ルインはその持ち手がいると思しき空間に『殲滅せんめつの黒刃』にしたオーレイルから無数の鋭い刃を放ち、時に拳銃を撃ちもしたが、どうも拳銃弾は幻影のように通り過ぎてしまうようだった。散弾銃も通用しない。

「しかし面倒だな。異層いそう(※現世と異なる世界)の存在か」

 オーレイルの黒く鋭い刃が通った武器は落ちるが、拳銃や散弾銃では効果が無い。これは二本角の騎士にも同様で、さらに何らかの力が働いているのか、黒刃は騎士の鎧を貫通するには至っていなかった。

──恐怖を、味わうがいい。我らは地獄の力を得たのだ。無数の生贄いけにえを捧げてな!

 しかし、ルインはこの言葉に恐怖どころか笑いを感じていた。知性の無い者が無理に賢い言い回しをしているような稚拙さがある。

「この程度か、もういい」

──何?

 騎士から距離を取ったルインは、銃も剣もしまい込み、何も持たない右手を握って引き手を取った。一瞬後、何かが光ったと思った直後に、騎士の視界は大きく揺れた。

──何が⁉

 見えるのは白い霧に包まれた見通せない空だけだった。騎士は横目で黒いコートの男を見たが、男は既に後ろ姿で立ち去り始めていた。何らかの力で騎士も戦車も二頭の馬も一瞬で横一文字に両断されていた。消えゆく騎士の脳裏に地獄で聞いた存在についての記憶が蘇る。

──『ダークスレイヤーの雷霆剣(ライトニングソード)』

 騎士は緑の鬼火に包まれて消えていく中で、地獄の管理者たちが口にしていた、生身でいかなる領域も歩き、多くの力ある存在が恐れている者の名前と力を思い出した。そして、全てが手遅れであったと気付きながら消滅していった。

──ダークスレイヤーの雷霆剣(ライトニングソード)は、彼がかつて生まれた世界の主神オーズのものとされている。彼は長い復讐の旅の末にオーズを惨たらしく殺し、その心臓を喰らい、主神の持つ雷霆の力を奪ったとされている。消えぬ呪いと共に。

──刻者不明『闇の討伐者の遺碑文(ダークスレイヤー・テスタメント)』より。

 絵画聖堂かいがせいどうの内部の仕事はほぼ終わりつつあった。絵画から上がる悲鳴はか細いすすり泣きのようなものに変わり、今や絵画は火葬かそうのようなどこかおごそかかな雰囲気と共に灰と化していく。

「仕事は終わりかけかな?」

 ミュール、クロスと合流したルインは、外のバルドスタ兵たちの護衛にマルコヴァスを置き、やや安堵の雰囲気の漂う絵画聖堂の奥に戻ると、アーシェラたちに声をかける。

「外はどうだったのです?」

「ウリス人の小規模な軍勢と六騎士が現れたが、時代の変化には勝てなかったようだ。とりあえずどこかにお帰り頂いたよ」

「そんな事が⁉」

「ただ、少し気になる点がある。あれがウリス人だというのなら、絵画に描かれたウラヴ王は人種が違うような気がする」

「あっ、そういや変だな」

 ルインの言葉に、ミュールも同意した。

「どういう事なのでしょうか? 違う人種の王がウリス人を率いていたと?」

 アーシェラが困惑気味に聞き返す。

「その可能性がある。思っていたより根深い何かがあるのかもしれない。まあ、もう全て終わりそうだが」

「いや、油断は出来ぬぞ。ここに来て新たな事実が浮かび上がるのは、どうにも良くない気がする。絵画の表現の問題で済めばよいのじゃがな」

 老魔術師タイバスが難しい顔をしている。

「タイバス、何か心当たりが?」

「アーシェラ様、我がバルドスタに宮廷魔術師と魔術の研究が解禁されたのは、わずか三百年ほど前の賢明な女王、アリーザ様の頃ですぞ。多くの古王国は遥か古代から魔術の研究や普及が盛んだったのに、我がバルドスタだけはなぜか魔術に関わるのは禁忌という風潮がありました。今もその空気は少し残っておりますが、その起源は分からぬままですぞ」

「あ、それは私もお師匠様と話してたけど、しばしば気になってたのよね。バルドスタに魔法戦力は必須のはずなのに、どうしてその分野が禁忌とされるような雰囲気があるのかって。『魔術より武術を』の言葉は伝わっているけど、国が亡んだらどうしようもないものね」

 マリアンヌも同意する。魔法に携わる者にとっては、バルドスタにはやや奇異に感じられる部分があるらしかった。

「そして、この絵画聖堂にあるのは高度な魔術の仕掛け。外に現れたという軍勢と六騎士も。矛盾しているとは思いませぬか?」

「言われてみれば、確かにそうですわね」

 アーシェラはやや険しい眼をして、絵画聖堂を見渡した。

「気になる点と言えば、よく考えればもう一つおかしな点がある。なぜウリス人が絵画の護衛をしているのか。ここを作ったのはイェルナ女王なのだろう? なぜウリス人とウラヴ王の六騎士がここを護っている?」

 ルインのさらなる指摘により一同は静まり返った。何かが矛盾しており、何かが食い違っている。それがとても嫌な予感を伴っていた。自分たちのしている事に、何か大きな落とし穴があるような。

「ルイン様、おかしな気配がします!」

 シェアの鋭い声とともに、ほぼ焼けた絵画とまきの山の火柱から、青白い無数の霊体が浮かび上がり、それらは空中でやや高貴さを感じさせる人間の集団の姿を取った。その集団の前に、威厳と高貴さ、そして美しさを感じさせる女が現れた。

「あれは、我がバルドスタのいにしえ礼装れいそうです。あれはまさか、イェルナ様?」

 アーシェラの言葉を聞いたのか、高貴な女の霊体は悲し気に語り始めた。

──いかにもです。……ああ、我が子孫たちよ、噴出する呪いに耐えられませんでしたか!  あの男、ウラヴは狡猾こうかつな男。何者かの知恵を借りて、かつて『魔女の大岩』と呼ばれていたこの岩に、下層地獄かそうじごくの門をもう一つ開けるすべを見出したのです。宮廷魔術師でありながら、許されぬ懸想けそうを私に抱き、その欲望を満たすために地獄の王に匹敵する力を得んと、バルドスタの民もウリス人も全てを犠牲にして、その血と魂を地獄の王、ザンディールにひたすら捧げたのです。我々が全てに気付いた時には、契約は成立しており、何もかもが……ああっ!

 イェルナ女王と霊体たちは苦しみ始めた。地震のように聖堂が揺れはじめ、聖堂せいどうの中心部に血のような赤い光の柱が立ち上り始める。

──聖堂の……中心から……逃げるのです!

 激しい苦悶くもんを感じさせつつも、それでもイェルナ女王は生者を気遣い、注意を促した。伝説の通りの気高さを一同は感じつつ、怪しい光の立ち上る聖堂中心部から下がる。と、数々の邪悪な存在を感じさせる複雑な印章いんしょうのある大きな魔法陣が現れ、聖堂の底が抜けるように地面が吸い込まれて消えた。

──ああ! あの男が! また私を汚そうと……!

「イェルナ様!」

 その記憶を知っているアーシェラは、悲痛に呼びかける。

 地面に開いた暗い穴から、鋭い爪のある炎に包まれた巨大な暗緑の手が現れると、イェルナたち霊体は青い球に変えられ、その手の中に縮小されて握り込まれる。その後巨大な手は小さくなり、幻影のように消えると、次は死者の山の上に置かれた玉座に座る、嫌らしい笑みを浮かべた男が現れた。絵画のウラヴ王そのものの姿だった。

「くふふ、下層地獄から噴出する我が呪いに耐え忍びつつも、結局は苦しみに耐えられず、生き死人となってまで先祖が自分たちを絵画に塗りこめた苦悶の結界を破るとは、まったくご苦労な事よ!」

「あなたは、ウラヴ王!」

「いかにも。私こそが至高の魔術師であり、このバルドスタの真の王にして影の王なのだ。お前たちは私の掌の上で愚かな習慣を繰り返し、今日のこの破滅まで苦しみ続ける下らぬ存在でしかない。それが、私を否定した愚か者どもの末路なのだ!」

「思い上がった馬鹿もここまでくれば王の資質か」

 意外な事に、ルインの威厳に満ちた呆れ声が響く。

「私を馬鹿呼ばわりとは、不遜ふそんな者が……!」

 しかし、一瞬ウラヴ王は驚いた眼をして言葉が途切れた。ウラヴ王の目には不遜な言葉を吐いた黒いコートの男が、闇と怨嗟えんさの火の粉をまとう特異な存在に見えていた。

「どうした?」

 挑発的な眼をするルイン。しかし、ウラヴ王はなぜかルインを無視し、主にアーシェラたちに向かって別の話を続けた。

「三日の刻限こくげんののち、王族は我が呪いとイェルナたちの苦悶の共有により、ことごとく死に絶えるであろう。それを避けたくばイェルナの子孫よ、ヘルセスとハルダーの使徒を辞し、お前を筆頭にこの地獄の門に生贄いけにえを捧げ、神をはいし、私と、我が炎の王ザンディールに信仰と忠誠を捧げるのだ。さすれば、残りの王族を百年は安堵あんどしてやろう」

「そんな条件が呑めるとでも⁉」

 叫ぶアーシェラ。

「心から尽くすのであれば、そなた一人でも良いがな。王族の命くらいは面倒を見てやろう。私の寛大な慈悲がもらえるように努力する事だ。雌犬めすいぬのようにな……くふふ!」

「汚らわしい事を!」

「そうかな? お前たちが気高いとあがめるイェルナも、所詮はみだらな声を……!」

 しかしここで、ウラヴ王の姿は薄れた。

 ラヴナの刃の鞭、シェアの銃弾、ルインの散弾が、薄くなったウラヴ王の幻影を通り抜ける。この中で、シェアの銃弾だけがウラヴ王の頬にうっすらと傷をつけた。

「ほう、小生意気な! 私に傷をつけるとは」

 しかし、ウラヴ王はまたも幻影げんえいを薄くした。何発かのシェアの銃弾がその空間を通り抜けていく。

「死ね、けだもの!」

 普段とは違う勇ましい口調で、シェアは全ての弾を撃ち尽くした。ウラヴ王は実体を現さず、声だけが聖堂内に響く。

「威勢の良い事だ。しかし、既に呪いは発動している。見えるぞ、幼い王族が熱を出して倒れる姿が! くふふ」

「何ですって……」

「最適の解は一つしかない。私は待っているぞ、良い返事をな」

 邪悪な気配は消え、赤い光がうっすらと立ち上る大穴だけが残った。

「……戻って状況を確認しましょう」  

 冷静を保っているアーシェラの言葉だが、親しい者にはわかる動揺と青ざめた顔が彼女の本心を十分に伝えていた。一行は警備の兵を残して絵画聖堂からいったん引き上げることにした。

──下層地獄界の悪魔や悪鬼の正体はそのほとんどが罪を犯し、堕落した人間の魂だとされている。しかし、多くの人間の世界になぜほぼ必ずこのような世界が付随するのかについては、誰も明確な答えを出せていない。

──賢者バルカンド著『世界の構造』より。

first draft:2020.06.28

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