第十五話 接触と崩壊

第十五話 接触と崩壊

 さいはての村ウーブロ近くの高台にある転移門から出てきたルインたちの元に、ふもとから急ぎ上って来る数名の男たちがいた。男たちは皆『カイナザルの仮面』を被っている。

「ルイン様、異端審問官たちです」

 退魔教会たいまきょうかい仕様の黒いフードを少しだけ上げたシェアが、ルインに囁く。

「おそらく敵だわ。ルイン様、とりあえず『麻痺まひ』でもかけておくわね?」

 魔族の姫の外出用の黒装束で顔を隠しているラヴナはローブからその白い手を伸ばしたが、髪を束ねた鎧上衣よろいじょうい姿のクロウディアが別の提案をする。

「『麻痺まひ』では口が利けなくなるわ。私の『影縫かげぬい』ではどうかしら?」

 メルトも別の提案をする。

「大地の巨人の力を借りて、『重い脚』という魔術もありますよ? 本当に動きが遅くなるんです」

「ルイン殿、矢じりの無い矢で武器を叩き落としましょうか?」

 これはセレッサ。

「同じく、銃には銃もありね! 大きめの布弾ぬのだまを打ち込んで激しく咳き込んだりすごく目に染みるようなものもあるけど」

 さらに、アゼリア。

「麻痺毒ならわが幻獣剣で麻痺毒の霧を吹きかける事もできるが……」

 ギゼも案を出す。

「こちらの手札が豊富な事だな……」

 ルインは威圧的な空気を出して向かってくる数名の男たちが気の毒になりつつあった。同時に、どの手段で彼らの身柄を拘束するべきか迷いが生じる。

 そんなルインの隣に小柄なクームが足を速めて並んだ。

「向かい風にしたら火薬の匂いがするわ」

 クームの髪は淡い碧色へきいろに輝いている。

「何か言いたい事が?」

 ルインの問いにクームは話を続けた。

「銃は精霊に嫌われやすいの。後々の事を考えたら、精霊たちが不快に感じないように意識して行動すると祝福を受けやすいわ。そして、おそらく精霊たちは何かを知っているわね。彼らの事が嫌いみたい。追い払ったら何か教えてくれるかもしれないわ」

「……わかった」

 異端審問官たちは筒の根元が切り落とされたように見える長銃を構え、ベルトから外した黒塗りの筒をその基部にはめ込む。

「この辺境の地に何用だ? 名を名乗れ!」

 ルインは両手を広げて、少しおどけた対応をした。

「おいおい、仮面をかぶった賊が紳士ぶって名前を求めるとは、これは何の冗談だ?」

「この仮面がわからんのか?」

「知らんよ。何かの祭りか? それなら主催者に趣味が悪いと伝えたほうがいい。もう少し親しみやすい仮面にするとかな」

「何だと⁉」

 ルインのこの適当な対応に、シェアの肩が震えている。

「貴様、我々を愚弄ぐろうする気……」

「おい!」

 強い口調で話そうとしていた男を、別の仮面の男がたしなめた。

「もしかして『キルシェイドの眠り人』ではないのか?」

「なんだと?」

 その小声の会話にルインが割って入る。

「ああ、お勤めご苦労、おそらくは異端審問会の方々。御明察の通り、おれをそのように呼ぶ人々もいるらしい。この地には調査のために来たので協力できるなら良し、それが無理なら道を開けて放置してくれれば助かる。そちらのする事には問題がない限り関心を持たないつもりだ」

 ルインのこの名乗りに、審問官たちの銃の先が迷う様にやや下がったが、隊長格らしい男が質問を返してきた。

「これはこれは、キルシェイドの眠り人殿! 一つ伺っても良いですかな?」

「何かな?」

「少し前、魔女と女剣士に大きな縞狼しまおおかみ、そしてヤイヴ(※緑肌の小柄な亜人種)の女が村を訪れましたが、あなた方の仲間ですかな?」

「ああ、彼女たちは仲間だ。手荒なことはしていないな?」

 しかし異端審問官たちは顔を見合わせて返事を返さなかった。ルインの眼が険しくなったところで村の方から銃声が響く。

「制圧!」

 言いつつ、ルインは一瞬で間合いを詰めては隊長格の男の銃を蹴り上げ、続いて右腕をこの男の首に当てて突き飛ばした。

 そこにクロウディアの影人かげびとの技『影縫い』と、ラヴナの詠唱無しの『麻痺の霧』が決まり、異端審問官たちは硬直し、また人形のように倒れた。

 隊長格の男を突き飛ばしたルインの脇をシェアが疾風のように走っては、尻もちをついた男の背後に回って腕を締めあげその仮面を外す。さらに袖に仕込んであった黒い刃を男の首筋に当てた。

「言う事に従っていただければ、命までは取られないと思います!」

「こ、こんな……一瞬で!」

 動けなくなった他の者たちに忙しく視線を巡らせつつ、隊長は何とか言葉を絞り出していた。

「思ったより事態は良くないわね。ここしばらくのルイン様の風評に対して、この程度の対応しかできないなんて。上の者たちが愚かに過ぎると無駄に犠牲者が出かねないわ。その頑迷さゆえに」

 ラヴナはフードをめくりつつ、吐き出すようにつぶやいた。

「これは少し強い意思表示が必要か。……急ごう!」

 ルインはフソウ国の刀、『覇州闇篝はしゅうやみかがり』を取り出すと、気配を消す雨雲を呼びつつ、最果ての村に駆け下り始めた。

──ウロンダリアにおいて、銃は必ずしも便利な武器ではない。自然豊かな場所で迂闊に使用すると、精霊たちに嫌われて猟は捗らず、時にはドラゴンを怒らせる事もある。『法の書』だけが銃を嫌っているわけではないのだ。

──ダルトン・ライカ著『ウロンダリアの銃』より。

 ルインたち一行が村の入り口に着いた時には、既に酒場のような店に向かって猛烈な銃撃が行われていた。

「派手にやってるわね。ルイン様、どういう出方をする考え?」

 ラヴナの声には楽しさが隠しきれていないものだった。

「待って、とにかくまずは銃弾の力を殺ぐわ。あの店と異端審問官たちとの間の空気を濃くするわね!」

 クームが少しだけ前に出て、精霊たちに呼びかける。

 ルインは屋根や建物の二階から、特定の店を銃撃している仮面の戦士たちの様子を見極めようとしていた。

「シェア、異端審問会の最も得意とする武力はやはり銃かな?」

「はい。強力な銃の使用を禁ずる『法の書』を、やや逸脱気味の解釈で使用できるようにした、銃身の基部を丸ごと交換する仕組みの銃を使用しています。その銃士たちを集めた『審問銃士隊』は異端審問官たちの一大戦力です」

「なるほど……。ラヴナ、彼らの戦意をぐことは?」

「そうね、ルイン様が強い殺気を放ってくれるなら、それに魔力を乗せて、彼らの戦意を押しつぶす事は可能よ? あたしたち魔族の姫には普通の矢も銃弾も効かないから、このまま無造作に歩いていってそれをする事も可能ね」

「それでいこう」

「なら、ついていくわ」

「私も行きます! 異端審問会の事は色々と知っていますから」

 シェアも同行する。

 初夏の心地よい風は次第に涼しいものに変わり、澄んだ夏空は曇り始める。バルドスタでの戦いで何かが解放された『覇州闇篝はしゅうやみかがり』は、その力で雨雲を呼び始めた。

(ん? ……変ね? シノの気配がするわ……)

 ラヴナはルインの刀とその呼び出された雨雲に、強力な眠り女の一人であるフソウ国の巫女みこシノ・カガリの気配を感じ取っていた。

「ねえルイン様、今は術式の発動中でしょうから、後でその刀を少し見させてもらってもいいかしら?」

「別に構わないが、なぜ?」

「知っている眠り女が関わっている刀かもしれないわ。巫女にして刀匠の子がいるの。あたしたちのように不死に近いから、あの子が作った刀かもしれないのよね」

「興味深いな……」

 ルインとラヴナは世間話でもするように語りながら、ウーブロの村の門をくぐった。

「待て! 撃ち方やめ!」

 『拡声かくせい』のかかった声が射撃を止め、ルインとラヴナに問いかける。

「射撃をものともせずに危険な地に足を踏み入れるお二方、申し訳ないがここは我々異端審問会が正義を執行している最中だ。まず名乗りを……いや、転移門の方から来たなら、我々の同胞を見ませんでしたかな?」

 大きな建物の二階のベランダから、指揮官らしき胸に徽章きしょうのある大柄な仮面の男が立ち上がっていた。その声には過分に権威を漂わせようとする圧が漂っている。しかし対するルインは真逆の空気で返した。

「何をしているのかは知らないが精勤せいきんごくろう。君らの同胞は激務に疲れているらしく、山道で昼寝をしている模様だ。……ああ、遅ればせながら名乗らせてもらおう。おれは『眠り人』と呼ばれている者、ルインだ」

「なんと!」

 ルインは続ける。

「で、君らが執拗に銃撃している三人と一匹は我々の大切な仲間だ。つまりこれは、我々への攻撃と受け取っても良いのかな? それとも何かの間違いか?」

 ルインは言葉に有無を言わせぬ静かな圧を込めていた。異端審問会の指揮官は、この状況が自分の手に余ると考え始め、側近に小声で問う。

「おい、クローバス殿はまだ来ないのか? そろそろ報せが……」

 この時、指揮官の耳に異端審問会の会歌が風に乗って流れてきた。

──我ら正義の執行者なり。神の写し身たる人間の霊性を維持するため、

──野蛮なる者どもに教化きょうかの慈悲を! 従わぬものに剣と銃弾で報いん!

 次第に近づいてくるその歌はルインの耳にも届く。

「大人数が歌っているな。軍歌のようなものか?」

「ルイン様、異端審問会の主力部隊『審問銃士隊しんもんじゅうしたい』だと思います。会歌を歌いつつ進行する彼らは、その士気の高さと容赦のなさでとてもに恐れられています」

 険しい声でシェアが囁く。

「それには無辜むこの者たちも不当に殺されていたりするかね?」

「はい、少なくはなく……」

 ルインは右目に怨嗟えんさの火を灯し、さらに魔剣ヴァルドラを密かに呼んだ。『闇篝やみかがり』が起こした曇り空が急速に発達した雨雲で塗りつぶされていく。

「異端審問会の銃は、激しい雨では六割以上機能不全を起こし始めます。夕立のように激しい雨なら、わずかの間でさらに八割が機能不全を起こすでしょう。薬莢やっきょうを兼ねた銃身に水が染み込むためです」

 シェアは機密とされている異端審問会の銃の仕様を説明した。

 異端審問会の威圧的な会歌はさらに大きくなり、銃剣のついた黒塗りの長銃を抱えた仮面の集団が規則正しく村の南西の道から進入してくる。その集団の先頭では、いぶし銀の髪をした仮面の男が指揮を執っていた。指揮官だけは軍馬に乗っており、その馬には尖った頭巾のような兜が特徴的な灰色の馬鎧が付けられている。

 指揮官の男の手には刃の無い小ぶりの両刃の斧が握られており、暗くなった空の下でもきらきらと輝いていた。ルインはその輝きに何か権威にまつわる厭らしさを感じる。

「あれは上級以上の指揮権を持つ審問官の儀鉞ぎえつ(※権威を象徴する儀礼的な斧)です。ヴァストと呼ばれています。あれを持てる人はそう多くなく、あの人はおそらく上級異端審問官のクローバスだと思います」

「ふふふ……あの斧、やがてあれに縛られていくのでしょう? 人間らしいわ」

 シェアの説明に、ラヴナがおかしそうに微笑む。

「詳しくて助かるよ、シェア」

「いえ、敵をよく知る必要があると思いますから」

「配置につけ!」

 雷鳴の響き始めた空の下、銃士隊はわずかな音しか立てずに素早く展開し、ルインたちを半円状に包囲する。銃士隊は三列構成らしく、一列目は片膝をついて銃を構え、二列目は銃身を前列の者の肩に乗せ、三列目は待機姿勢を取っていた。

 ついで、二階のベランダにいた男が儀鉞を持つ指揮官に『拡声』で呼びかけた。

「クローバス殿、これなるはキルシェイドの眠り人、ルイン殿とその仲間との事。我々はいかように?」

 仮面の指揮官は儀鉞を高く掲げ、ついでゆっくりと下ろし、重々しく指示した。

「会歌唄え! 我らの理念に眠り人は必要ない。正義を執行せよ!」

 撃鉄を上げる音が戦慄を呼び起こすように広がる。

「来ます! ルイン様!」

 しかし、ルインは不敵に微笑んでいた。

「対話なし、か。話が早くて良いな」

 呼応するように激しい雷雨が降り始める。キルシェイドの眠り人は雷雨を呼ぶという講談師たちの話を裏付けるような天候の変化に、審問官たちはこの様子に動揺する者が出ていた。噂の通りの不自然な豪雨は激しさを増す気配しかない。

「何をしている! 火薬が濡れるぞ? 撃て! 正義を執行せよ!」

「ルイン様!」

「シェア、後ろに居ろ!」

 雷鳴に劣らぬほどの無数の発砲音が鳴る。

「残念だが……通らんよ」

 ルインは左手を開いて前方に向けていた。

「魔族の姫に飛び道具は効かないわ!」

 ラヴナは弧を描くように右手を振る。

 ルインの周囲では無数の火花が散り、銃弾が何かに弾かれて飛び散った。シェアは驚いてその様子に目を丸くする。さらに、ラヴナの周囲には、銃弾が空中に静止していた。

「『返し矢弾やだま』!」

 ラヴナの声とともに、静止していた銃弾は消えて空を切る音がした。続いて三十名ほどの異端審問官たちが悲鳴をあげて倒れる。

「呆れた。私たち魔族の姫はウロンダリアの至宝の一つよ? 飛び道具は全て跳ね返る術式が施されていると古代から伝えているのに、何を学んできたのかしら?」

 緊迫しているはずの状況にもかかわらず、ラヴナは意に介せずため息をついている。異端審問官たちの唄は止まっており、明らかに動揺が広がっていた。

「何をしている! 次弾撃て!」

 クローバスは再び儀鉞ぎえつで指示をしたが、その声をラヴナの声が打ち消した。

「愚か者ども、こちらを見ろ!」

 ラヴナは威圧的な言葉に『注視』の術式を乗せて叫んだ。

「ルイン様、殺気を放って! 合わせるわ!」

「了解!」

 ルインはゆっくりと異端審問官たちを見回したのち、激しくなる雷雨の中、『覇州闇篝はしゅうやみかがり』の鯉口こいくちを目線の高さで切った。稲妻がわずかに露出した刃の光を跳ね返す。

(っ!)

(はっ!)

 ラヴナとシェアは、重い水の中で身動きが取れなくなるような感覚に一瞬おぼれそうになった。ルインの漆黒に近い殺気が豪雨の村を黒く塗りつぶしていくように広がる。

(重い! なんて重い殺気なの! でも、銃撃の返礼にはこれくらいでいいわね!)

 ラヴナは全身を闇のようなもやで包む。その背後に、赤く燃える眼を持つ闇色の獅子の巨大な影が立ち上がり、膨大な魔力の波と、食い殺すような恐怖の波が広がった。

 異端審問会の銃士隊は狂乱の悲鳴を上げて銃をうち捨て、家や壁にぶつかりつつ転びながら、とにかくルインとラヴナから距離を取ろうと狂乱した幼子のように、あるいは蜘蛛の子を散らすように逃走していく。屋根やベランダから落ちても必死で走ろうとする者もいれば、失禁して意味不明な事を叫ぶ者もいた。

(これが、ルイン様と魔族の姫様の力……)

 自分の今までの見積もりより遥かに強い両者の力を見て、シェアもまた絶句していた。

「……は、……かはっ!」

 クローバスは一瞬意識を持っていかれ、息が吸えない自分に気付いた。気付けばぬかるみに儀鉞ぎえつが突き刺さり泥で汚れている。馬が気を失いぐらりと倒れ込んだ。

「……こんな……事が」

 狂人のような恐ろしい悲鳴を上げつつ、異端審問官たちの姿が遠ざかっていく。まるで、自分のこれまでの世界が一瞬で破壊されたような出来事に、クローバスは強いめまいを感じた。

──正義を執行せねばならない。

 頑迷なクローバスはそれでも恐怖にかろうじて抵抗し、腰の馬上銃に震える手で銃身をはめ込むと、眠り人たちに向けようとした。

 しかし、その銃はルインの銃弾によって弾かれた。さらに、次の銃弾がクローバスの仮面を飛ばす。

「認め……ない! このような……事を!」

 クローバスは武器になる物を探していた。雷雨の中、眠り人がゆっくりと近づいてくる。

「く、くそっ!」

 尻のあたりの革筒に手があたる。

──もし色々とまずい事になったらそいつの紐を解いて、後ろに投げたら振り返らないで全力で逃げるんだね。それで全部丸く収まるさ。

 バゼルから渡された謎の巻物を思い出す。

「我々は正義の執行者なのだ!」

 クローバスは紐を解いて巻物を近くに放り投げた。ぬかるみの中に落ちた巻物は乱雑に開いたが、ここでクローバスは自分の眼がおかしくなったのか、あるいは雨が入ったかと目をこすった。

 開いた巻物は穴が開いたような漆黒の闇で、そこから同じ色のもやが激しく吹き上がり、力強く不気味な声が響いた。

──おお、我らが女王! 御心のままに、我らは御身よりたまわったはさみにえを切り刻みまする!

 村の周囲を青黒い闇の壁がぐるりと取り囲む。

──我ら、はさみ従士じゅうしなり!

 巻物から噴出した青黒い闇は、三人の騎士の乗った四頭立ての戦車の形となった。しかし、馬の顔は途中からはさみになっており、まるで鳥のくちばしのように見える。馬具には衝角しょうかくのように大きな鋏が取り付けられており、騎士たちの武器も両刃になった大型の鋏だった。

(なんだ? これは……!)

 鋏の従士は近くで意味不明な叫びをあげていた異端審問官を突き刺すと、持ち上げてその胴を両断し、血と臓物を浴びつつ歓声を上げる。

──おお、久しぶりの血と臓物よ!

 鋏の従士たちは近くの異端審問官たちを無差別に殺し始めた。

「なんなのだ! これは!」

 クローバスの叫びに気付いた鋏の従士は大きな鋏を投げつけようとしたが、その鋏は砲撃でへし折られた。銃士たちは砲撃した者のいると思しき方向を見やる。そこにはバルドスタの携行砲を構えたルインがいた。

「外したか! しかし、おかしな奴らが出て来たもんだな」

 悔し気に微笑むルイン。

(鋏の従士ですって? まさか?)

 ラヴナは遠い昔の記憶に思い当たる。

──強き者たちがいる。

──魔族の姫もいるな。

──相手にとって不足なし。

 鋏の従士たちの戦車はルインたちに馬首を向ける。ルインは『覇州闇篝』を抜くと、左手に破砕銃を持ち、戦車に向かって走り始めた。

「これは現実なのか!」

 ぬかるみに座るクローバスは、おのれの正気を保つように、そして確かめるように叫ぶ。今までの何もかもが崩れ始めていた。

──異端審問会の権威の象徴、ヴァストと呼ばれる儀鉞ぎえつは、古王国連合と統一神教からその任を委託されている事を意味し、故に両刃の斧の形をしている。同時に、法と秩序、宗教への権威を持つ意味でも両刃だとされている。

──ワコス・ラムゼイ著『ウロンダリアの公務』より。

first draft:2021.01.18

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