第十二話 ラヴナのわずらい
西の櫓、ラヴナの部屋。
チェルシーはラヴナを励ましつつ幾つかの対応策をあれこれと頭の中で比較し、それぞれの対応策の『未来』まで考えて、ある一つの解を出した。
「……結局は単純な方法が一番いいかな。何とかするから待ってて! ……あら?」
頭上から強力な、しかし馴染みのあるの魔力を二人は感じ取る。
「ん、ティアーリアの気配ね?」
「そうみたい。行ってくるね!」
チェルシーはルインの私室のある階の下、広いバルコニーのある階に来ると、ベンチに優雅に座っているティアーリアを見つけた。赤いドレスに夜のような艶の長い髪、夜魔鳥の羽根のショールといういつもの姿だった。
「ティアーリア、どうしたの?」
ティアーリアは親し気な笑みを見せると踵の高い靴音も小気味よく歩み寄り、声をひそめてささやく。
「ちょっと、ラヴナの魔力の気配が変わってるんじゃない? このすごく筋の通った感じ、ルイン様ったらもうラヴナに絡めとられたの? それともラヴナが絡めとられたのかしら?」
ティアーリアの表情は期待とも不安ともつかない複雑なものだった。
「生身で触れちゃっただけですよ……これからどうしようかってところなの。本当の姿から戻れなくなっちゃってるみたいで」
「あら? それはつまり……ただの事故なの?」
「ご主人様が本当の姿での魅力にまで耐えられるか試したかったみたいなんですけど、そこで『蠱惑の幸運』の力が働いちゃって、ボタンが全部飛んじゃったみたいですよ? でも、あり得ない事ですがご主人様が魅力に耐えられなかったら結ばれちゃっていたでしょうから、この試みは擁護できませんねー」
ティアーリアの赤い目が見開かれる。
「あらあらなんてこと、それでルイン様は何ともなかったわけ?」
「全然普通です。もうびっくりですよ!」
ため息をつくように言うチェルシーに対し、ティアーリアは小夜啼鳥(※ウロンダリアにおけるナイチンゲールに相当する小鳥)の鳴き声を思わせる可愛らしい声で笑った。
「ふふふ、ラヴナが絡めとられたわけね? いい事じゃない、あの子の魅力に惑わされない男なんて、男の中の男って事よ? それにしても、ふふふ……ラヴナがねぇ。流れ星に願いを言い過ぎたんじゃないかしら?」
かつて魔の国の夜会を一手に仕切っていた淑女でもあるだけに、黒い羽根と黒象牙の扇子で口元を隠しながらもティアーリアの笑い方は可愛らしく上品で、チェルシーは感心しつつも同意する。
「ほんと、ごちそうさまって感じですよ。でも、本当の姿から戻れなくて泣いちゃってるので可哀想だから何とかしてあげないと」
「それは可哀想だわ。本来ならルイン様が寝てあげればいいんでしょうけど、そういうわけにもいかないものね。でも夢を繋いだり、しばらく手を繋いであげれば大丈夫でしょう?」
「ええ。たぶんしばらく手を繋いでいたら落ち着くと思うんですよね。ただ、これはもう……」
チェルシーの言い淀んだことを、ティアーリアが続けた。
「おそらく巧妙に、全て終わらせて私たちの所からも去ろうとするであろう人を、去らせるという未来は絶対に避けなくてはならなくなったわね。本人の不手際でこうなった形とはいえ、去ってしまったらラヴナが可哀想すぎるもの。……私たちもね」
「そうなんですよ。まあ、私たちは女神様たちとは違うから大丈夫だとは思うんですけれどねー……」
しかし、その声にいつもの確信めいた力が感じられない事を、ティアーリアも、そしてチェルシー自身も感じていた。
「まあ、やれる事をやりましょう?」
ティアーリアに同意しつつ、チェルシーはルインの部屋に向かう。
今夜もルインはウロンダリアの地図や『不帰の地』に関する、魔王から渡された『赤き月の魔物』に関する書物なども目を通しつつ、腕輪の姉妹に詩文や各国の書簡を読み上げてもらっていた。
「あらまぁ、大王の至宝の美声姉妹にそんな事をしてもらいながら勉強だなんて、勤勉と至高の贅沢が混在しているわね! こんばんはルイン様」
ティアーリアは呆れたような感心をしつつ挨拶した。
「チェルシーとティアーリアさんか、その節はありがとう」
「呼び捨てのほうが少しだけ嬉しいので、呼び捨てでお願いします。ルイン様、私は寡婦の時間が長くて、強い殿方に呼び捨てで呼ばれるだけで心が震えてしまうんですよ? ふふふ」
「わかった。ありがとう、ティアーリア」
「律儀に呼び直してくださって嬉しいわ」
小鳥の様な声で笑うティアーリアに、腕輪の姉妹が反応する。
「あら、魔族の姫様ね? 小鳥のような可愛らしい声。小夜啼鳥のような素敵な声だわ」
「不思議ね、魔族の濁りが感じられない声。夜そのものの安らぎも漂っているわね」
フリネとレティスには、ティアーリアの声に力のある魅力が溢れていると感じられていた。
「美声にしておそらく技芸の神にそう言われるのは嬉しいわ。私はティアーリア。鳥の夜魔リーニクスのニュン氏族の姫よ。ウロンダリアでは若い母親と幼子の守護者でもあるわ。私の声は夜泣きを静める力があるの」
(大変な美声が三人も揃っちゃってる!)
チェルシーは言葉を失っていたが、ルインに目を移すと、ルインは古代語の辞書を引きつつ赤い月シンに関する書物を真面目に読み解く作業に戻ろうとしていた。
(で、全く動じてないと……)
ルインはチェルシーの視線に気づいて、古く重そうな辞書を閉じた。
「そういえば、ラヴナは大丈夫だったかな?」
「駄目です」
「……駄目?」
「おめでたです。ご主人様、責任とって下さいね?」
ルインは最初、チェルシーが何を言っているのかわからないといった顔をしていた。
「おめでた? ……いや本当に意味が分からないんだが。そもそも心当たりがないぞ?」
ルインはまだ、チェルシーがからかっているのを理解して対応していた。困ったように笑ってコーヒーカップを口にしたが、そこにチェルシーが追い打ちをかける。
「本当に心当たり無いんですか? ……ラヴナちゃんの下のほうの可愛い薄紫の何かとか」
悪戯っぽい笑みを浮かべるチェルシーに対し、ルインはここでむせた。
「……そうか。ここではそういうのもきっちり報告すべきだったか? 確かに男の側では眼福だ。一方的に利を得た形になっているものな」
「ふふふ、とても真面目なのね」
小鳥のような声で笑うティアーリア。
「いえいえ、そこまで律儀な事はしなくていいですけれど、ラヴナちゃんが皆に見せたくないと言ってる真の姿から戻れなくなってしまってて、ずっと泣いてるんです。ご主人様、ラヴナちゃんの姿を絶対に見ないで、手を握ってあげる事はできますか?」
ルインの表情は心配に曇った。
「見られたくないものは見ないさ。もちろんだ! ……ただ、そこになぜおれが手を繋ぐことの意味が出てくるんだ?」
チェルシーは束の間考えて説明する。
「私たちは複数の世界にまたがって存在し、複数の姿を持っていたりします。きっとそれはなんとなく伝わっていたと思うんですけど、ご主人様も幾つかの影響力をとても強く持っていたりします。今回、ラヴナちゃんの本当の姿にご主人様の何かが中途半端に流れ込んでしまった感じになっているんですよ。なので、ある程度しっかりした状態にまでしてあげた方がいいという事なんです!」
一瞬だが困惑がルインの眼に走ったのをチェルシーは見逃さなかった。そして、何かを少しだけ決意したようにルインが口を開く。
「おれでなければ駄目な事なら、協力するよ」
「それなら、みんなごめんね? ちよっとだけ『夢幻時』の力を使います! ご主人様、手を繋いで私のとてもかわいい目をよーく見て下さいね?」
チェルシーは言いながら両手を差し出してルインの眼を見る。ルインはその小さな手を掴んでチェルシーの眼を覗き込んだ。薄桃色の眼がうっすらと光り、チェルシーの小さなマントが跳ね上がったかと思うと、深紅の翼が展開する。と、部屋は妙に明るく、どこか影の薄いぼんやりとした雰囲気になった。
「これは?」
「おおー、流石ですねご主人様、心が揺らがないなんて! 『夢幻時』は現世と夢の世界を重ねる力です。今、この状態の世界には『真の姿のラヴナちゃん』は存在していません。さ、ついてきてください。ティアーリアは少しゆっくりしててね?」
チェルシーに手を引かれてルインは階段を降り、ラヴナの部屋に向かう。チェルシーの可愛らしい給仕服はしばしば翼を展開する必要がある魔族仕様のもので、そのために背中が大きく開いており、普段はその背中を隠すためのマントが下がっているものだが、その小さなマントは翼の付け根に掛かっており、白い背中が良く見えている。
(綺麗な背中だな……)
ルインは何気なくそう思った。しかしいきなりチェルシーの足が止まり、わずかに肩が震えている。
「どうしたんだ?」
ゆっくりと振り向いたその顔は真っ赤だった。
「……ごめんなさい、言うの忘れてましたが思ってる事が全部伝わります。とっても嬉しい感想ですけど、気が散っちゃうので自粛してくださいね……」
「すまない……」
「いいですけど! 嬉しいですけど! ……ちょっと油断してました。……もう!」
言いながらふいと顔を戻すチェルシー。やがて二人はぼんやりと明るい景色の中を移動してラヴナの部屋に入った。
「ものすごい数の本だな。それぞれの大きさや厚みも」
ルインが感想を漏らすほどに、ラヴナの部屋には重厚な本があちこちに山と積まれている。チェルシーは振り向いてにっこりと笑った。
「魔后、つまり魔王様の妃が務まるほどの人ですからね。大変な数の魔導書や知識に精通しているんですよ、ラヴナちゃんは。普段は気安く可愛い子を少し演じていますけれどね」
ぼんやりと明るい『夢幻時』の中でも、ラヴナの私室は奥が見渡せない暗黒に包まれていた。しかしその一角が照らし出される。ベッド際に腰かけて顔を伏せて泣いているラヴナの姿が浮かび上がった。
「ラヴナちゃん、ご主人様が来てくれたよ? さあ、手を繋いで領域の変質を進めちゃいましょ?」
「えっ⁉ ルイン様? やだっ!」
顔を上げたラヴナは驚いて、自分の身体をかき抱くように隠した。
「大丈夫、いつもの姿しか見えてない」
「ほ、本当に?」
「見せたくないものを無理に見たりはしない」
「そうそう! さ、ラヴナちゃん、早いとこ笑顔に戻りましょ? ご主人様にも少しだけ領域を見せてあげた方が捗ると思うよ?」
「……分かった。じゃあルイン様、お願い!」
ルインは応じて、ラヴナの両手を取った。
「あたしの眼を見て!」
涙に満ちたヘイゼルの瞳を覗き込むと、まるでそこから世界が広がるように激しい光芒が広がる。
「うっ⁉」
気が付くと、ラヴナの両手を取ったルインは、鈍色の稲妻が走り続ける激しい嵐の空のただ中にいた。しかしその雨も風も温かく、ルインにはむしろかなり心地よいものだった。
涙目のラヴナがそれでも微笑む。
「ルイン様、これはあたしの火の無い世界にルイン様の理性みたいなものが流れ込んで、暗黒の泥濘が様々なものに分かたれたの。あたしの事を嫌いでなかったら、この世界がどのようにあるべきか念じてみて」
この嵐に心が洗われたかのように澄んだ目で、ラヴナはルインに微笑みかける。
「こんなに早くこうなってしまうなら、きっとこれがあたしの運命でいいの。ルイン様、あなたの好きな世界を教えて?」
「おれがたまに夢想し、歩いている世界でいいのなら……」
ルインは目を閉じて、しばしば自分が夢想する世界を真剣に念じた。雨と稲妻は止み、風が弱まり、太陽が出ているかのような温かみを感じる。
「ああ、これがルイン様の世界……! 目を開けてみて?」
「ここは? とても暖かい。何か柔らかだな……」
深く碧い海と、まばらな砂丘や背の低い草花の生えた島々と、平原。腕や頬に当たる風は熱く、太陽は海と砂と緑を眩しく輝かせている。どこか孤独で、寂し気でありながら、それらが薬味のようになる絶妙な熱さのある世界だった。
「寂しくて、それでも心が潰えない熱い風と光……! わかるわ、ルイン様の夢の世界はこんな感じだった……それが……!」
ここで、景色はラヴナの部屋に戻った。
「ラヴナちゃんが元に戻ったので、もう『夢幻時』は解除してますよ。これで一安心かな? ……って、しまったあぁ!」
驚きの声を上げるチェルシー。
「何が? ……いかん!」
ルインは慌てて目を逸らした。ラヴナの状態は先日と完全に同じだった。蠱惑的な白く柔らかな正中線沿いの身体と、その下の薄紫の履き物までがまた見えていた。
「ああもう! 体の大きさが変わったからだわ! また『蠱惑の幸運』が!」
ラヴナは慌てて服を寄せて隠す。しかし、今度のラヴナは前回よりどこか落ち着いていた。
「でも、『衣装替え』を使ったからもう大丈夫よ? ルイン様」
ルインが視線を戻すと、ラヴナは既に吊るしの黒い肩出しのワンピースに衣装を変えていた。そのワンピースは黒曜石の虹めいた艶のある生地で、薄手でスカートの短いものだった。蠱惑的ながらも上品さの漂う魔族の姫らしい装いだった。
「これでいいわ。ルイン様がこれほどに強い『男の武人の心』を持っているなら、あたしももう落ち着いていられるもの。心配かけてごめんね? ルイン様」
どこか落ち着いた、少し満ち足りた表情で微笑むラヴナにルインも無言で笑みを返す。
「ねぇチェルシー、お腹が減ったわ。何かある?」
「ゴシュに言えば何かあると思いますよー? って、なんかすごくすっきりした顔してない?」
「ん、なんか色々とすっきりしちゃった。あたしはかなり大丈夫っぽい。何か食べる事にするわ」
こうしてラヴナの患いは終息したが、これが何を意味するかをルインはよくわかっていなかった。
同じ頃、櫓内部のシェアしか入れない専用の物置の中で、シェアとアゼリアが様々な道具や武器を前に話し合いをしていた。
「私に見せても大丈夫なの? シェアさん、ここにある物は見た事ないものばかりだけど……」
シェアの物置はさながら小規模な武器庫のようで、しばしばアゼリアにも用途の分からない物があり、アゼリアは興味深げに眺めている。
「構いません。いずれ絶対に必要になる物ばかりですから。特にこれとこれを」
シェアが頑丈なテーブルの上に置いたものは、ガラスに包まれた銀色の金属の丸い弾丸と、ランプのようだが、その燈心には銀色の金属の満たされた試験管の様なものが収めてある奇妙な器具だった。
「これは?」
機械や工作物に詳しいアゼリアでさえ初めて見るものだった。
「退魔教会がおそらく二百年以上前から製造していた、『水銀弾』と『水銀灯』です。これは新しいものですが、水銀弾は月の魔物に有効な攻撃手段となり、水銀灯は月の魔物が近づくと、彼らの存在する異層に反応して淡い緑銀の光を放つのです」
「二百年前? 私たち工人の都市と、退魔教会がまだ密にやり取りをしていた頃だわ。こういう物を作るのは当時の人間たちだけでは無理だもの」
「ですよね? 退魔教会側はきっと必要な技術は吸収済みのはずです。そしてアゼリアさん、これと同じものを作っていただく事は出来ますか? きっと今回の探索では役に立つはずなのです」
束の間腕を組んでいたアゼリアはやがて、嬉し気に笑った。
「任せて! やっと役に立てそう! お兄さん(※ルインの事)とお父さんに話を通して、急いで必要な数を調達するわ!」
「ありがとうございます。眠り女の皆さんには強大な力を持つ方もいますが、様々な方向から対策を立てる事はとても意味のある事だと思うんです。まして退魔教会の技術を良く調べておくことは、きっと。あそこが何を考えていたのか、その深淵は私にもわからないくらいですから」
「わかるわ。頑張ろうね、シェアさん!」
アゼリアとシェアの試みもまた動き始めていた。
西の櫓、深夜のバルコニー。
「ごめんねティアーリア、心配かけたわね」
「気にしないでいいわ。ちょっと驚いたけれどね。ふふふ」
ティアーリアは紫水晶の大きなテーブルとティーセットをバルコニーに展開して、有翼の人工精霊(※魔法で作られた半透明の人口生命体)の給仕を呼び出し、ラヴナとチェルシーと共に薫り高い干し花のお茶を楽しんでいた。
「……で、眠り人との間に領域をもうけてしまう偉業を成し遂げた魔后様、何か分かった事はある?」
「茶化さないでティアーリア。これはあたしの一方的な過ちよ。ただ、少しだけ分かった事があるわ。誰かがルイン様の記憶をごっそり抜いているわ。忘れているだけでは決してないわね。たとえ、『黒い眠り女』を見つけても、すべき事に気付くだけで、記憶の一部は失われたままのような気がするわ」
「記憶を? 誰が何のためにそんな事を? つまり今のルイン様は、記憶に伴って何らかの制限を受けている可能性があるわよね?」
「わからないけど、何か嫌な予感がするわね」
賢い魔族の姫二人は束の間沈黙し、やがて珍しく何も言わずにいるチェルシーを見た。どうしたのかやや行儀悪く、チェルシーはテーブルに突っ伏している。
「って、どうしたのチェルシー?」
ゆっくりと顔を上げたチェルシーは紅潮してる。
「うっかりしてた。『夢幻時』使ってる時にご主人様に『綺麗な背中だな』って言われちゃった……。この姿の時はわりと心も少女だから、言葉が直撃しちゃってるの……」
「今度はあなたなのチェルシー? はぁ……ごちそうさま」
「余裕ぶってるけど、ティアーリアだって他人事じゃないわよ?」
「そうそう! ご主人様は魔族の女の子には相性が良すぎますからね!」
たしなめる二人に対して、ティアーリアは困ったように返した。
「わかってるわ。私、寡婦(※孤独な女性の事)の宿命持ちだから、こういう事があったらすごく面倒な女になりそうで嫌なのよね。あなたたちとの関係だって壊れかねないわ。今は幸い、古王国で貧富の差が広まってて、幼子の夜泣きに困っている母親があちこちに居て、大忙しなのはある意味救いでもあるわね。けれど……」
ティアーリアは干し花の茶を少し飲み、小鳥の柄のティーカップを置くと、決意したように続ける。
「エデンガル城が復活したら、私もあなたたちと一緒に過ごすわ。魔の領域一の美声と言われた私が、腕輪の姉妹に後れを取ったままなんて許せないもの。……って、何で二人とも微妙な表情をしているのかしら?」
「え? だって、しばらくしたら求愛の唄ばかり歌ってそう」
「ねー。しばらくしたら『胸が苦しいわ』とか、『あの女、私のルイン様に触れるなんて!』とか言ってそう」
「ちょっと! いくら『寡婦』の宿命持ちだからって私が面倒な女になる前提で話さないで? 確かに昔はあなたたちともやり合ったけど、今は落ち着いているわ。あの頃は少し、苦しかっただけよ……」
「冗談よ? ルイン様は何というか、そういう女同士のつまんない争いを介在させない空気があるわ。そんな事したら都合よく遠ざけられちゃいそう」
「あ、確かにそんな感じですね」
「そうなのね? 気をつけないと……」
どうにか落ち着いて深夜の茶会を楽しんでいる上位魔族の姫三人だったが、この茶会の本当の目的は、実はウロンダリアの社会に大きな影響を及ぼす試みについてのものだった。
first draft:2020.11.18
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