第十三話 カイナザルの仮面

第十三話 カイナザルの仮面

 南方新王国。

 鋭く尖った杭頭くいとうの丸太で囲われた、要塞のように物々しい鉱山の入り口を始点として、山の坂道はふもとの町まで延々と丸太組みの檻車おりぐるまが続いている。小さくないうめき声がいつまでも続くその檻車からはしばしば手が突き出てはもがき、高圧的な物々しい刑吏けいりに鞭で手ひどい叩き方をされては悲鳴が上がってひっこんだ。

──モーダス共和国領、水銀鉱山都市ゼイド。

 これらの檻車に詰められているのは老人を除いた様々な種族の男女だった。たまには屈強そうな男たちもいたが、そのような男たちは例外なくひどく痛めつけられており、劣悪にして狭い檻車の行列からは、苦悶の叫びや異を唱える叫び、嘆きや怒りに泣き声と、あらゆる苦痛の訴えがとめどなく続いており、その行列は地獄のような怨嗟えんさに満ちていた。

 その様子を、鉱山の崖に造られた石組みの建物から、陰鬱いんうつな灰色のローブを着た鷲鼻わしばなの男が眺めては顔をしかめた。

うめきやなげきがここまで聞こえてくるぞ。聖餐教会せいさんきょうかいの犬どもを抑えているとはいえ、この檻車の数はいささかやり過ぎではないのか?」

 鷲鼻の男は長めのいぶし銀の髪を揺らしつつ室内に向き直った。分厚い木を磨いた長テーブルの席には、数人でも食べきれるかどうかの量の角切りにして炒められたベーコンが盛られた大皿と、同じく大量に茹でられて盛られた鮮やかな緑の長豆ながまめの大皿、そして数人分の席を埋め尽くすほどのワイン瓶が密に置かれている。

 それらを楽しんでいるのは驚くべきことに一人の女だった。腰まで切れ込みの入ったほぼ幅の無いスカートといった、煽情的せんじょうてきな暗い藍色のイシリア風ドレスの黒髪の女が、聞こえないかのように血のように赤黒いワインを楽しんでいる。

「間の悪いことに『不帰かえらずの地』にキルシェイドの眠り人が探索に入るらしい。噂が真実なら魔城を構える候補地として、との事らしいが」

 女は何杯目になるか分からないワインを注ぎ、四角く切ったベーコンと、鮮やかな緑に茹で上がった長豆を交互に骨のフォークに突き刺しては口にし、またワインを飲んでいる。器用にして艶のある雰囲気で運ばれるその手は、肩から下は沢山の腕輪と紫の墨で描かれた呪印じゅいんで埋め尽くされていた。

「貴公に言っているのだぞ? バゼル!」

 ここで、女はようやく鷲鼻の男に向き直る。ワインに濡れた唇は暗めに赤く、その目じりにも同じ色の紅をひいたその女は、妖しく不敵な笑みを浮かべた。

「何だいクローバス? 孤独な男の独白だと思ったからそっとしといてやったのに。見ればわかるだろうが食事中だ。あたしは昼寝と食事の時間を邪魔されるのは何より嫌いだって言ったはずだがな?」

 鷲鼻の男クローバスは、女に見えない位置の拳を強く握り、そして開いた。

「それは失礼した。あらためて聞くが、ここまで露骨に人を集めてきて大丈夫なのか?」

「何が?」

「世間の風当たりがだ!」

 女は鼻で笑うと、呆れたように両手を広げて見せた。

「さあ? 逆に聞きたいがそれがあたしらの仕事か? あたしはエドワードに頼まれて仕事してるだけだ。そういう政治的ななんちゃらは古王国連合の欲深いおいぼれ共の仕事だろう? あたしらの知った事か! そんなに世間が怖いなら、あんたはそもそもこの仕事に向いてないんじゃないのか?」

 妖艶な女バゼルは何か不快なものでも飲み下すようにワインを瓶で直接口にし、半分ほど残っていたそれを飲み干すと乱暴にテーブルの上に置く。

「それにさ、それゲイジにも同じ事言えるか?」

 あざけるような悪意がバゼルの灰の眼に躍る。

「……あの御仁ごじんはこのような事には関心がないはずだ」

 苦し気に顔を伏せるクローバス。

「そうかい。じゃあ一つ教えてやるよ。あたしも全く関心がないんだ。覚えておけよ?」

「……そうか。失礼した」

 クローバスは懐から異端審問官いたんしんもんかんの証、銀メッキされた法と復讐の神の顔を象った仮面『カイナザルの仮面』を取り出して顔を隠すと素早く部屋を出て行ったが、その足音には隠し切れない苛立ちが漂っている。

「お堅いねぇ。異端審問官なんて仕事はもともと馬鹿のお祭り騒ぎだってのに。……で、腕を上げたじゃないか。いつからいたんだい?」

 鷲鼻の男の気配が遠ざかり、少し前から感じていた何者かの気配が間違いなく存在している事を感じ取ったバゼルは、がらんとした部屋の中に呼び掛けた。本棚と窓の間に、黒い軽装鎧とフード姿の何者かが現われる。その装いは退魔教会たいまきょうかいの伝統的な戦闘装束だった。

「……気付かれましたか」

 言いつつフードを上げた女は、暗い青色の眼と短めの黒髪をした、端正ながらも何かが欠落した人形のような雰囲気の若い女だった。

「お前か、カレン。喉を潤したらいい」

 言いながら、バゼルはワイングラスとワイン瓶を投げる。カレンはワイングラスのみを器用に受け取り、前に差し出した。

「やるねぇ。どれ……」

 ワイン瓶は空中で止まった。その近くに展開した青黒い闇から、異様に長い亡霊の様な青白い手が何本か出てそれを支えている。その手は器用に栓を抜き、カレンのグラスに上品にワインを注いだ。

「いただきます。……バゼルさん、新しい『月の花』は見つかりましたか?」

「いや、なかなかいないねぇ。花びら程度のはたまにいるが。あんたや……なんだっけ? あんたのつけ狙ってる……」

「シェアさんですか?」

「そうだ! ああいうのはなかなかいないさ」

「エドワード様のお話では、私と同じくらいの『月の花』が最低七名ほどいれば、あの恩知らずを捕まえる事が出来そうとの事でした」

 人形の様なカレンの青い目が日の光を跳ね返したが、そこに強い憎しみがけぶり出ており、バゼルは嬉し気に唇を舌で湿らせた。

「捕まえて、どうするのさ?」

「エドワード様の御恩を思い出すまで、痛い思いをしてもらうことになります。あの女は自分の立場とエドワード様の恩を軽く考えすぎです。男嫌いと言いつつ、魅力はある女ですから、既にキルシェイドの眠り人に取り入ったのでしょうが、何から何まで気に入りません」

「ふーん、お前は相変わらず面白いね。普段はお人形さんみたいなのに、あの女の事となるとやたら饒舌じょうぜつになるのな」

「特にそんな事はないつもりですが……」

「そうかい? まあ、何か為そうとするなら自分を外側から見る視点は大事だぞ? これは忠告だ。ただにしといてやるよ」

 バゼルは角切りの燻製肉くんせいにくを幾つか、二股の長いフォークでまとめて突き刺して頬張る。それらを飲み込んでまたワインを流し込むと機嫌良さそうに続けた。

「ところでキルシェイドの眠り人、なかなか腕の立つ男みたいじゃないか。少し前に下層地獄界の炎の領域の魔物がちっとも召喚に応じなくなったんだが、あれはあの男が絡んでるんじゃないかと私は見てるのさ」

「興味深いですね」

「バルドスタの王女の難問を解決したらしい経緯は、ただ腕が立つだけの男ではない何かを感じさせるし、シェアって女はネズミのように用心深い女だ。吸血鬼狩りが吸血鬼にされないように頑張るんだね」

「忠告、ありがとうございます。では」

 カレンはかき消すように消えてしまった。

「ふふふ、面白くなってきたじゃあないか」

 謎の女バゼルは言いつつワインを注ごうとしたが、その瓶は空だった。

「おっと? 味見をするにはまだ少し足りないねぇ」

 バゼルは独り言ちつつ、腰に差してあった短剣のように大きな青黒いはさみを取り出すと、布でも裁断するようにテーブル上の空間を切った。四角く切り取られた空間の向こうはかびた空気の古いワイン貯蔵庫で、そこから寝かせてあった一本を取り出し封を開けて注ぐ。

「やれやれだよ。欲求を抑えるのも金がかかるからねぇ」

 やがて、大皿二つの料理と沢山のワインを楽しみ終えたバゼルもまた、濃い灰色の異端審問官のフード付き長衣を羽織ると、口の部分が隠れない専用のカイナザルの仮面で顔を隠し、かかとの高い靴音を鳴らしつつ部屋を出て行った。

──南方新王国でそこそこに力があり、またとても嫌われているのはモーダス共和国であろう。『全公民制』と分類される、全ての国民が国家の役人であり、平等であることを掲げるこの国は、実際には国家への貢献度によって上層の役人から与えられる義務・権利・権限が露骨に変わる、権威・官僚主義の国家であり、それ故に強引な政治と外交により勢力を伸ばしてきた。

──コルネリオ・サヴェリ著『新王国年鑑・後混沌歴八百十九年度版』より。

 水銀鉱山の赤みがかった白い法面のりめんに設けられた階段を、バゼルは面倒そうな雰囲気を隠さずに歩み降り、作業員たちの重い沈黙と作業員を動かす世話役たちの罵声を聞きつつ、この広大な鉱山の一番奥の区画に向かった。そこには水銀の鉱脈の尽きた区画を利用して、タールを塗った丸太と積み上げた土嚢袋どのうぶくろで造られた、簡易だが堅牢な砦がある。

「やってるな!」

 砦の内部には、奥まった位置にある石組みの館のほかに、丸木の杭で囲まれた円形の広場がある。その広場の壁の上から威圧的な男の声が漏れ聞こえてきていた。

「お前たちは自由になりたいのだろう? 異端審問官に腹が立っているのだろう? どうした? おれに見事な一撃をくれたら自由の身にしてやると言ってるんだ!」

 沈黙の後に少なくない男たちの雄叫びが上がる。バゼルはその必死な声に昂るものを感じたが、舌で唇を舐めてそれを誤魔化しつつ、仮面をつけた衛兵たちの護る門を開けさせて、内部に入った。

「そうだ! 必死にかかってこい! 我が神への信心を超えるほどの一撃を見せてみろ!」

 広場の中央にはこの声の主がいた。上半身裸の浅黒い肌をした大男が素手で立っており、仮面では隠れない頭は無毛で無数の傷だらけだった。頭蓋骨さえ削ったであろう幾つかの深い傷跡を見るに、この男の人生が尋常でないものだったのは容易に推し量れる。

 その男を取り囲むように、三十人ほどの鉱山の男たちが思い思いの武器を手に、肩で息をしつつもぎらぎらとした目で男に注意を向けている。どの男も痩せていた。

「無茶言うねぇ」

 あざけるようにつぶやいたバゼルの声が聞こえたのか、仮面の大男は振り向いて舌打ちをした。

「腹は満たされたのか? 底なしの大食いめ」

 バゼルはすぐには答えず、地面に現れた闇の穴から呼び出した青白い手を椅子の形に組ませると、ゆっくりと腰かけてから答えた。

「まあな、味見をしてもたかぶらない程度には腹が満ちたぞ。お前も楽しそうで何よりだよ、ゲイジ」

 この男こそ、ウロンダリアで畏れられる異端審問官たちの六人の頂点、特級審問官の一人、通称『悪食あくじきのゲイジ』と呼ばれ畏怖されている男だった。

「ふん。ではこちらも片付けて検分に入るとするか」

 男が向き直りかけた時、作業服の男の一人が鋭い雄叫びを上げて男に突撃した。それが合図のように、他の男たちも一斉に襲い掛かる。

「今だ! 一斉にかかれ!」

 誰かが叫び、呼応するようにゲイジに殺到する。最初に突撃した男の槍はゲイジの腹に突き立てられたが、その槍は曲がり、柄が折れてしまった。他の男たちの打撃も斬撃も、ゲイジの身体に傷一つ与える事は出来なかった。

「我が神、統一信教の法の軍神バランの加護は正義と信仰そのものだ! お前たちの脆弱な意志では我が祈願『はがねの身体』に傷一つ付ける事はできん! この差こそがお前たちが異端者として鉱山に送られるようになった理由だ!」

 腕を組んだまま立つゲイジに対して、鉱山労働者たちは必死に攻撃を続けたが、やがてみな力尽きて武器を手放し、座り込んでしまった。

「今日はここまでだ! 以降お前たちは休日とする。気迫のあった何人かはモーダスの軍から声がかかるであろう」

 この言葉に、何人かの眼は希望に輝いた。ゲイジは振り返らずにバゼルと共に丸木の囲いを出る。

「痩せた鉱山労働者相手に無敵ぶりを発揮するのは楽しいんだろうねぇ」

 楽し気に皮肉を言うバゼルに対し、ゲイジは鼻で笑った。

「ふん! ただの仕事だ。弱いものをいじめるのが審問官の仕事ではない」

「まあ、虐めてる奴はみんなそう言うもんらしいね」

 次の皮肉にはゲイジは答えなかった。

「今日の検分を終わらせてしまおう。檻車から聞こえる声がうるさくてかなわん」

「そしてお楽しみの時間の始まり、と」

「お前はな」

「ふん、あんたもだろ」

 二人の指示により、モーダス共和国の色である薄い朱の旗印や鎧上衣を身に着けた兵士たちが、檻車の中の者たちを次々と整列させる。

 まず、働き手になりそうな男たちは基本的に鉱山労働者としての結末しかなく、形だけの書類での裁判により何年かの鉱山労働を申し渡され、絶望を浮かべて粗末な宿舎に連れていかれる流れだった。

 少年、少女たちも見た目の良い者を除いては鉱山の下働きであり、見た目の良い者たちはいずこかへと連れていかれる。悲痛な別れの叫びが響くこともあったが、審問官たちはこれを何とも思っていなかった。家族の絆より、個々人が社会で役に立つ事の方が有益だという考え方をしているためだ。

 ここまでの選別でかなり時間が経過し、遅い初夏の日差しも暗くなりかけている。

 そして残るのは女たちだった。様々な種族がいるため、見た目上は十代から三十代までの女が選り分けられる。それ以上の年齢の女は鉱山の下働きと決まっていたが、ここからの検分と選別が、異端審問会にとっては大きな意味を持っていた。

 異端審問官たちによって『浄化』の祈願をかけられて清潔にされた五十名ほどの女たちは、服を脱ぐように命じられて、裸のままで広い部屋に整列させられていた。恥じらって胸や股間を必死に隠している者もいれば、反抗的な目で堂々と立っている者もいる。

「どうだバゼル、今回はいそうか?」

「どれどれ?」

 バゼルは女たちを一人一人、何かを見抜くように見やった。

「二人くらい、それっぽいのがいるな。どれ……」

 一人めはガリガリに痩せた長い銀髪の女だった。年のころは十代後半だろうか。

「お前、ちょっと手を出してみな?」

「はい……痛っ!」

 バゼルは少女の腕を血が出るほど噛み、その血を味わうように舐める。

「ん、花まではいかないが、才能が眠ってるだけかもしれないね。この子はありだ。美味しい」

「ほう!」

 感嘆するゲイジ。

「あともう一人は……」

 バゼルが目星をつけていたのは最後列にいた褐色の肌の短い黒髪の女だが、その女は上手に喋れないようだった。

「う……あ?」

「ちょっとした選別さ。あんたは柔らかそうな二の腕を噛ませてもらうよ?」

 言うが早いか強く噛むバゼルに、褐色の肌の女は短い叫びをあげる。今回はバゼルの噛む時間が長めだった。ようやく口を話したバゼルは血の滴る唇を舐めつつ、恍惚として言う。

「見つけたよ。逸材の『月の花』だ。この女を鍛えれば相当なものになるだろうさ。いーい味の血だよ」

「ほう、これで七人か。やっとあのシェアを捕らえる仕掛けを作れるところまで来たな」

 満足げな声のゲイジ。

「で、あとはあんたの『選別』かい?」

「ほぼ終わりかけてはいるがな」

「だろうねぇ」

 怯えている女たちの行列を見やり、ゲイジは二人の女に声をかけた。

「お前と……お前だ。こちらに来い」

 ゲイジが呼んだ女は、一人めは顔に三本の大きなひっかき傷があり、右腕は肩から下が欠損している。

「腕と顔はどうした?」

「森で黒熊に襲われました。妹を逃がせたのですが、私は逃げ遅れてしまいました」

「勇敢だな」

 二人めの女は、腰から上の左半身が焼けただれた跡があり、顔半分もひどい火傷の跡があった。

「お前の火傷はどうした?」

「家が火事になった時の名残です」

「お前たち二人はおれが召し抱えよう。生活と立場を保証し、侍従長のしかるべき教育を受け、どこかの貴族のもとで働けるくらいに仕上げてやろう」

 二人の女は何か裏があるのではないかといぶかり、不安を隠さないでいたが、ゲイジは自分の通称を名乗った。

「不安か? 名前くらいは聞いた事があるだろうが、『悪食のゲイジ』とはおれの事だ。おれ自身は自分を悪食とは全く思っておらんがな」

 これで、二人の女は安堵の表情を浮かべた。もともと、その欠損や火傷で今まで不遇であったであろう女たちにとって、『悪食のゲイジ』に見いだされる事は人生の転機を意味していた。

 検分と選別が終わった仮面の異端審問官は、この鉱山に隠されている詰め所へと向かう。

「あーあ、いい味の血だったな。やはり『月の花』の血の味は格別だ。さーて、疼きを冷ますためにまた何か食うか」

「また食うのか?」

 呆れたように言うゲイジ。

「もう夜だ、晩飯だ。何か問題あるか? ……それより二人も好みの女が見つかってよかったじゃないか。お前の悪趣味は理解できんがな」

「悪趣味だと?」

「ふふ。か弱い美女に拷問されてから、傷のある女の必死の献身しか受け入れられなくなっているだろうが。ああいう女たちにしたら、お前は希望の光にして唯一の男。見た目が大きく劣っていても、心からの献身に近いものをお前は受け取れるものなぁ。美しい事だよ!」

 皮肉を交えてあざけるバゼルに対して、ゲイジの空気がすさまじく張り詰めた。

「……貴様、口を慎めよ?」

「何だい? うずいてるあたしとやり合おうってのかい?」

 バゼルの周囲に黒いはさみを持った青白い手が何本も現れる。一触即発の空気が漂っていたが、バゼルはふっと笑うと鋏を持った手を消した。

「冗談さ、熱くなるなよ。そんなお前に美女ばかり集めてるキルシェイドの眠り人はどう映っているのさ?」

「どうも。理想社会の実現に邪魔なら排除する、それだけだ」

 ゲイジはこの話題が気に入らなかったのか、言いつつ足早に歩み去ってしまった。

「ふふふ、いいねぇ。もうじき存分にこの疼きを癒せそうだよ」

 暗くなり始めた空を見上げるバゼルの灰色の瞳は、束の間蛇のように縦に割れたが、すぐに元の人らしい目に戻った。この鉱山に眠り人の一行が『不帰かえらずの地』に出発した報せが入ったのは、この翌日の事だった。

──ウロンダリアには奴隷制度はなく、『法の書』でも固く禁じられている。しかし、騒乱おさまらない新王国では、奴隷に等しい人身売買が行われているとの根強い噂がある。

──コルネリオ・サヴェリ著『新王国年鑑・後混沌歴八百十九年度版』より。

first draft:2020.11.22

コメント