第十四話 さいはての村へ

第十四話 さいはての村へ

 南方新王国、モーダス共和国領、水銀鉱山都市ゼイド。異端審問官たちの隠し砦。

「キルシェイドの城下町、ローグンドの密偵より連絡だ。キルシェイドの眠り人たちは明日、『不帰かえらずの地』に向かうらしい!」

 羊飛紙(ようひし※魔法で文書が小さな羊として飛び交う高速の通信手段)の筒を持ったクローバスが真剣な表情で会議室に入ってくる。しかし、異端審問官の妖艶な女バゼルと、頭が傷だらけの大男ゲイジは全く動じていなかった。

「ふーん、頑張れよクローバス? いくつか巻物は貸してやるからさ」

 関心なさげなバゼル。

「エドワードの話では、『試験体』さえ失わなければ問題ないとの事だが、ついでに消えてもらえばよかろう」

 ゲイジの対応もクローバスとは対照的に落ち着いたものだった。

「貴公らずいぶんと落ち着いているな。して、巻物だと?」

 バゼルは腰の青黒いはさみを抜くと、気だるげにテーブルの上の空間を裁断さいだんした。強いかびの匂いとともに、薄暗く無数の巻物の置いてある部屋の一部が見え、バゼルは鋏と同じ色の青黒い装丁の巻物を取り出すと、クローバスに投げてよこした。

「ほら、それだ。もし色々とまずい事になったらそいつの紐を解いて、後ろに投げたら振り返らないで全力で逃げるんだね。それで全部丸く収まるさ」

 クローバスの受け取った巻物はその表紙が読めない文字の物だった。何かがのたうつような文字とも記号ともつかない不気味な表記がなされている。

「何だこれは? 私も知らない文字だが……」

「ふふ。その文字に関しては深入りしない方がいいだろうな」

 話題を変えるように、ゲイジも口を開く。

「本部から審問銃士隊しんもんじゅうしたいを三百人ほど派遣してもらう」

「三百人ですと⁉」

 クローバスは目を見開いたが、その反応はゲイジの予想の範囲内だったようだ。

「不足か?」

「いえ、多すぎでは?」

「キルシェイドの眠り人など、既にウロンダリアに必要ではない。しかし、もし伝説の通りなら厄介だ。事故に見せかけて消してしまうのが良かろう」

「眠り人は不死だと言うぞ? しばしば信仰さえ集めていた存在をそのような」

「それを確かめる良い機会、という事だ」

「なんと……!」

 クローバスはこの考え方をいささか逸脱気味に感じたが、顔には出さなかった。既に異端審問会はかなりの強権を発動して恐れられている。このような組織の絶頂期には、しばしば見られる傾向であり、それもまた勢いなのだと飲み込んでいた。

「どうした?」

 沈黙するクローバスに声をかけるゲイジ。

「いや、大役だが任せていただこう」

「そうか。クローバス、理解しているとは思うが『古都ことの門』だけは気づかれるなよ?」

 異端審問官たちは最果ての村の近くではない、不帰かえらずの地に隠された古い遺跡の転移門を最重要の機密の一つと設定していた。それが、『古都ことの門』だった。

「三百名もの審問銃士隊。圧倒的優勢のはずだ。それは無かろう」

 こうして、三百人の銃士隊と謎の巻物を手に、異端審問官クローバスは『最果ての村』ウーブロへと向かった。

──異端審問会の武力を支えるのが審問銃士隊である。連発式の銃はウロンダリアでは禁止されているが、異端審問会の銃は銃身の機能を持つ薬莢を基部で交換する方式であり、これはぎりぎりの線で単発式の要件を満たしているとされるが、この部分については議論され続けてもいる。

──ダルトン・ライカ著『ウロンダリアの銃』より。

 魔の都の城下町ローグンド、魔軍の駐屯地ちゅうとんち

「おっし、じゃあまずあたいらが様子見に行くぜ!」

 異端審問会の手に落ちているとされるウーブロの村に、まずはゴシュとミュール、そしてファリスが様子見に向かうことになっていた。

 続いて、ルインと何人かの眠り女に、続くのはギュルス率いるヴァスモー族(※大柄で屈強な緑肌の亜人種)の突撃隊が百人。さらに、ギャレドの氏族とのつながりのあったヤイヴ(※小柄な緑肌の亜人種)たちと、カルツ族(※立って歩く小柄な猫の人々)のジノ率いるカルツェリス商会の猫の戦士たち。その後、魔王軍の工兵隊もその後に続く段取りだった。

「ねえルイン様、魔王様は記録官もよこすみたい。そして多くの『凝魔ぎょうま(※大型の眼球のような人工の魔物。視覚を転送する能力がある)』も。古王国連合や異端審問会の脱法の裏を綿密に取るみたいよ?」

 黒曜石こくようせきのワンピースを初夏の風になびかせつつ、ラヴナが楽し気に言う。

「そろそろ調子に乗り過ぎな人間たちに釘を刺しておくべき時期だわ。ルイン様、少し政治的なメッセージを彼らに与えた方がいいと思うの。殲滅せんめつをせずに、この後の増長が招く恐怖を与えておくような感じで」

「それはつまり?」

「戦う時、あたしを伴ってくれたらいいわ」

 ラヴナは意味ありげに笑う。

「……わかった」

 転移門に消えていくゴシュたちの後姿を見ながら、ルインは答えた。

──ウロンダリアの『記録官』という役職は、『投影とうえい』および『投影の記録』の術式により特殊なガラス板や水晶に視界を記録するのが主な業務である。彼らは歴史の証人であり、また時には裁判の有力な資料の提出者でもある。

──ワコス・ラムゼイ著『ウロンダリアの公務』より。

 『不帰かえらずの地』、最果ての村ウーブロ近くの山の中。

 遺跡のような古い転移門が光を放ち、ゴシュと骨付き肉、ミュール、そしてファリスの三人と一匹が姿を現した。

「んー、空気が綺麗だな! でも、やっぱり何か不穏な匂いはするな」

 銀髪の三つ編みを揺らしながら、ミュールが背伸びをする。

「さすがは『不帰の地』ね! 豊かな自然と、古い謎と悪意の匂いがするわ。さてと……」

 ファリスは指で輪を作ると、『望遠』の魔術で眼下の小さな町を覗き込んだ。

「やっぱり何か変ねぇ。人々の動きは見えず、でも気配はするわ。こんな初夏のいい天気の日に外で仕事をしないなんて……。荒れてる畑も目立つわ。それに場違いな建物もあるわね。兵士の宿舎みたいなのが二つ」

「あたいが来た頃はそんなの無かったし、みんな畑を一生懸命やってたぞ?」

「めんどくさい。行っておかしなことがあったらひと暴れすりゃいいんだよ。ふぁ……」

 絶好の昼寝日和に早くも面倒になったのか、ミュールが欠伸しつつ考えを言う。

「いいわね。荒っぽいのも嫌いじゃないわ。ゴシュ、あなたは大丈夫?」

「ああ、あたいも大丈夫だぜ!」

──おれも!

 骨付き肉も同意する。

「決まりね!」

 ファリスは狼の頭骨を模した杖を掲げ、術式を行使し始めた。

「我が母なる黒き大狼ルロ、茫漠ぼうばくに漂う我が群れ、強き足持つ仲間を乗騎として呼ばれたし!」

 一陣の風が吹き、周囲に何者かの気配が強く漂う。

(ん? ルロだって?)

 ミュールは聞き覚えるある名前に耳をぴくりと動かした。

 風が竜巻のように収斂しゅうれんし、骨付き肉よりも大きな幻影の黒い狼たちが現われる。

「さあ行きましょ。この子たちは早いけれど、乗ってしまえば決して振り落とされないわ」

 ファリスはさらに、骨付き肉に対して杖を振る。

「あなたには、『黒狼こくろうの強きあし』を施してあげるわ!」

 骨付き肉の足が黒いもやに包まれる。

「さ、まずは宿でも探して様子を伺いましょう?」

 幻影の黒狼にまたがった三人と一匹は、疾風のように高台を下ってふもとの村へと向かった。

「ちょっと早いよ! 早いってばこれ!」

 ゴシュは疾風のような速度に慌てて叫んだ。対して、ファリスとミュールは落ち着いている。黒い幻影の狼たちは疾風のように山道を走り、あっという間に村の外側に着いた。

「みんな、ありがとう! 帰って良いわ」

 幻影の黒狼たちはゆっくりと消え、それに合わせてゴシュたちの足は地に着いた。

「すげえなあ! さすがは狼の魔女だぜ!」

「あらあら、ありがとう。でも、こんなものではないのよ?」

 ゴシュの素直な賛辞に気を良くするファリスだったが、それをミュールの質問が止める。

「なあ、ルロって、『母なる黒狼』と呼ばれたルロの事か?」

「そうよ? よく知っているわね」

「あいつとは昔、何度かやり合ったんだ。……あいつの『つきごうやまい』の為に」

 ミュールは何か禁忌に触れるように、後半の言葉を抑えて口にした。ファリスも何か微妙な間を開けて答える。

「……そうなのね? でも、それは遠い遠い昔の話でしょう? もうルロは大地に祝福を与えているわ」

「そうなのか。ずいぶん長い時間が経ってるな……。でも、それなら何でルロの力を使える?」

 ミュールの目の奥の鋭い光に対して、ファリスは柔らかな笑みを返した。

「それはまあ、いずれ。……さあ、村に入るわ」

「……」

 ミュールの眼は露骨に鋭さを増したが、その視線はファリスからウーブロの村の入り口に移る。村の入り口は簡素な木の柱二本に、村の名前が浮き彫りにされた板が横掛けされただけのものだった。しかし杭を並べ立てた丸太の壁は新しく、村の規模の割には防備が固めてあり、どこか田舎の寒村らしくない緊張感が漂っている。

「こういう壁も無かったぜ」

 緊張気味のゴシュ。

「まあいいじゃない、今の私たちは気まぐれな旅人って事になっているのよ? とりあえず、宿もやってる大きな農家なり、酒場くらいはあるはずだわ。えーと……」

 ファリスは再び指で輪を作り、『望遠』で村を見渡す。ここまで来ると何人かの村人が作業しているのが目に入るが、しかし年齢も一様なら、体格も鍛えられた者が妙に多かった。

(ふぅん、そういう事ね……)

 ファリスは彼らが農民ではないとほぼ断定した。さらに、宿か酒場のような店構えを持つ大きな建物を見つける。

「ねえみんな、もしかしたら元々の住人なんて一人もいないかもだわ。ルインさんに羊飛紙ようひしを出しましょう? ……それとあの大きな家、酒場か宿をやっていたようね」

「ああ、わかる。あたしらを見てる目が沢山ある。これはやり合うことになりそうだな。へへ……」

 ミュールも警戒感と視線を感じ始めていた。

「わかったぜ!」

 ゴシュは『なんかやばそう』とだけ書いた羊飛紙をルインに送信した。

「送った!」

「えっ? 早すぎない?」

「あたいの仕事は早いからな!」

「そうなのね?」

 ファリスは微笑しつつ進み、目星をつけた二階建ての大きな木造家屋に進む。やはり何かの店だったようで、タールで『マルザの店』と書かれた看板が打ち付けられている。

「こんにちは!」

 錠はかけられておらず、ファリスは中に入る。田舎の酒場といった店内は誰もおらず、ゴシュとミュールも続いた。窓は開け放してあり、初夏の緩い風が店内を通り過ぎていく。

「おい、誰もいないのかよ?」

 ミュールの大声に、薄暗い奥から人の気配がする。

「はいはい、お客様なんて珍しいからねぇ」

「えっ⁉」

 まずゴシュが絶句した。出てきたのは筋骨隆々の大きな老婆だった。体格の良い老婆は単眼鏡モノクルを掛けて愛想笑いをしているが、どこからどう見ても下手な変装をしたごつい大男にしか見えない。

(え? これつっこんじゃいけない感じか?)

 強烈な人物の出現にミュールは困惑している。

(変装? 素でこういう人なの? えーと……)

 ファリスもまた対応に悩んでいた。

──ゴシュ、この人男だ。そんなに年取ってない。

 骨付き肉の困惑がゴシュの頭に届く。ゴシュはとりあえず何か頼む事にした。

「えーと、ばあちゃん、とりあえず水でも何でもいいから飲むもんくれよ」

 老婆はむせるような笑いの後に言葉を続ける。

「珍しいお客人ですねぇ。席料せきりょうは半日で銅貨五枚。水は三杯までは席料に入ってますよ。四杯目からは銅貨一枚で三杯ずつ追加。魔導で冷やした氷水とかはちょっと高いね。この季節は山ブドウの酒と果汁がお勧めだね。サランの木の樹液の水割りもお勧めだよ!」

「あたいは水でいいな。ここの美味しい水で! 狼の分も頼むよ!」

「あたしは山ブドウの酒で頼む」

「私はサランの木の樹液の水割りで!」

「はいよお! 久しぶりのお客さんで嬉しいねぇ」

 老婆は不気味な笑みを浮かべると、ファリスから席料を受け取り、嬉しそうに暗い厨房に姿を消した。ほどなくして、盆に三つのコップと皿を乗せて出てきた。

「ささ、どうぞ~!」

(え? この匂い!)

 しかし、ファリスとミュール、そして骨付き肉は、運ばれてきた飲み物から何か薬物の匂いが漂っている事に気付いた。

「へへ、うまそうな水だなぁ!」

 ゴシュが取ろうとしたコップを、ミュールが取り上げた。

「あっ! おい何すんだよ?」

 ゴシュはここで、骨付き肉が唸り始めたのと、ミュールとファリスの険しい表情に何かを感じ取った。

「おい婆さん、この水を飲んでみろよ。おごりでいいからさ」

 ミュールが低い声で言った。

「はっ? いきなり何を?」

「いいからさ、飲んでみろよ」

「そうね。私たちのほんの気持ちよ? おごりでいいから好きな物を飲んで、おばあさん。……それとも何、飲めない理由でもあるの?」

 老婆に扮した大男の額から、一筋の汗が流れる。

「くっ、けえええーい!」

 追い詰められた老婆は袖から仕込み銃を出して撃とうとし、しかしミュールが鞘のままの大剣を当てて、銃弾が天井に穴をあける。

「くっ、くそっ!」

 老婆に扮した大男は盆を捨てて左手の袖からも銃を出そうとしたが、ゴシュが椅子をぶつけ、さらに骨付き肉が体当たりをぶちかました。

「お前のような……!」

「ババアがいるかぁ!」

 カツラの吹っ飛んだ老婆の頭は油で固められた黒髪で、正体はやや老けた中年の男だった。

「くそっ! お前らただ者ではないな!」

 男は窓から外に飛び出すと、小さな銀製の笛を吹き鳴らした。

「敵だ、敵が侵入! ぐうっ!」

 男は何かに突き飛ばされ、幻影の大きな狼の足がその身体を踏み抑える。

「それ以上誰かを呼んだら踏みつぶさせるわ!」

 険しいファリスの声が響く。

「なっ、何者だお前ら!」

 しかし、ファリスたちには答える余裕が無かった。周囲の建物からわらわらと、仮面をかぶった濃い灰色の装束の戦士たちが出てきていた。

「カイナザルの仮面! 異端審問官たちね!」

「こいつらだ! こいつらだよあたいの仇は!」

「っしゃあ、いっちょ暴れてやるかぁ!」

 ミュールは大狼に変身すると、鞘を抜かないままの大剣を横薙ぎにし、射撃姿勢を取らせずに審問官たちを突き飛ばした。

「神獣の大狼だと? なんで⁉」

 異端審問官たちにもこの状況は予想外だったようで、驚きの声が方々で上がる。

「建物に入って撃て! 狼煙上げ! クローバス殿が来ればこちらのものだ!」

 審問官たちは隊長らしい者の声に従って建物に入り始める。

「させないわ! 魂を恐怖で揺るがしてあげる! 眷族けんぞくよ! 魂砕く吠え声を!」

 ファリスの呼びかけの後、周囲は初夏だというのにやや薄暗くなり、出どころの分からない狼の遠吠えがそれは恐ろしく鳴り響いた。

 何人かの異端審問官たちは子供のように耳を抑えてうずくまる。

「さあ、今のうちにさっきの建物に入るわ。ルインさんたちが来るまで持久戦よ!」

 ゴシュたちは『マルザの店』の中に転がり込んだ。丸テーブルや椅子で入り口と窓をふさぎ、簡単には入れないようにする。

「ところで、飛び道具を使える人はいて?」

 テーブルを押し付けつつ、問いかける。ファリス。

「あたしは飛び道具の才能が無いんだ。ごめんな!」

 どこか得意げに言うミュール。

「……えーと、鳥撃ち用のパチンコなら持ってる!」

 ポーチからごそごそとパチンコを引っ張り出すゴシュ。しかし、人を撃てるほどのものでは無かった。

 続いてファリスは骨付き肉を見た。しかしこの忠実な狼は人間のように申し訳なさそうに首を横に振る。

「うーん、この小隊は遠距離戦はちょっと駄目だったのね。まあいいわ、時間を稼げば同じ事よね」

 ファリスは苦笑いしつつ、また杖を掲げる。

茫漠ぼうばくより来たりて手を貸して、我が眷族けんぞく。古き大狼ルロの名において、古き狼の戦士ガロムよ、来たれ!」

 黒い幻影のように透けた、家ほどもある狼が外に現れる。狼はファリスのそばの窓から鼻先だけを窓に入れてきた。ファリスはその鼻面を撫でる。

「ガロム、久しぶりね。援軍が来るまで睨みを効かせて欲しいの」

「でっけえ狼! ミュールよりでけぇ!」

 驚きの声を上げるゴシュ。

(ガロムだって? 今、眷族って言ったよな?)

 ミュールにはガロムの名前に聞き覚えがあった。遥か昔の黒い狼の神獣で、名の通った戦士だった。

(まさか……)

 ミュールはある予測を立てた。それはルインにあまり良い未来をもたらさないと感じ、こっそり古い嗅覚を使おうとしたが、気付いたファリスがそれをたしなめた。

「ちゃんと説明するからそういう事はしないで。黒い狼は狡猾こうかつだと思っているのでしょう?」

「ん、まあな。正直言うとあまり好きじゃない」

「もう今は見る影もないわ。私はそれを自業自得だと思っているの。だからちゃんと話すわ」

「……わかった。そういう事にしといてやるよ」

 ミュールの声には隠していない警戒感が出ている。それはファリスを信用していない事を伝える意図が込められていた。

──ウオオォー!

 幻影の黒狼、ガロムが大きな遠吠えをした。

「みんな伏せて!」

 規則性のある猛烈な銃弾の嵐が木の粉を散らし、天井からほこりが落ちてくる。窓の隙間を通り抜けた銃弾は店内の様々なものを飛び散らせた。

「うわー、さすが異端審問官、容赦ねえなー!」

「この地にそれだけ大きな秘密があるという事よ! あら、この弾丸……銀だわ」

 跳弾してはじけた銃弾は鉛ではなく銀製だった。

「おいおい大盤振る舞いだな! でもこれだとあたしにも通っちまう!」

「ガロムの視界を通して、奴らの配置を頭に叩き込んでいるわ。えーと……あ、ルインさんたちが来たわ! 羊飛紙書いてるみたい!」

 ゴシュのそばに小さい羊が現われる。

──到着したけど既にやり合ってるのか! 敵は?

 ゴシュはまたも手短に『異端審問官!』と書いて返事をした。今度はすぐに返事が来る。

──了解。

 『古王国連合』および『異端審問会』と、『キルシェイドの眠り人』の激突の時が、刻々と迫っていた。

──狼の神獣は体毛の色により性質や珍しさに違いがあるとされている。最も尊いのは白い狼であり、次が銀、次点が黒だろう。ただ、黒い狼たちは賢いものの、いささか狼らしい狡猾こうかつな面が強く、軋轢あつれきを起こしやすい面があるとされている。

──ロザリエ・リキア著『狼の神獣』より。

first draft:2021.01.11

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