第十六話 鋏の従士

第十六話 はさみ従士じゅうし

 クローバスが投げた巻物から現れた『はさみ従士じゅうし』たちは、ぬかるみの影響を全く受けず、建物や木、時に人をも透過して、円形闘技場の戦車のように村の中を旋回し始めた。そのわだちの跡だけは油の様に黒く残る。

──死すべし! 全てははさみにえとなり、我らの如く女王に仕えるべきなのだ!

 ルインは全身鎧に大きな鋏を獲物とする三人組に対し、刀は相性が悪いかと考えた。しかし、何かがささやきかける。

──敵の血を!

(刀の意志か?)

 大樹の魔王ザンディールとの戦いの時にもこのような声が聞こえていた事を、ルインは思い出していた。

「……いいだろう」

 ルインはあえて刀を用いて戦う事にし、その目が闘志に満ちた。

(何が起きているの? こいつら、おそらくあのクソ女の従士よね?)

 ラヴナはこの奇妙な騎士たちにも鋏を使う上位者にも覚えがあった。前回の混沌戦争カオス・バトルで討伐され、ウロンダリアから追い払われたはずの邪悪な混沌カオスの女神『鋏のバゼリガリ』だ。魔の国の八大魔将の一人ゴスベリアスの顔に惨たらしい傷跡をつけた、性悪で不可解な存在。

 その従士がウロンダリアに出現している。あってはならない事だった。

「ルイン様、何かおかしいわ、気を付けて! 邪悪な『混沌カオス』がまたウロンダリアに現れているわ!」

 しかし、ラヴナのその声は豪雨と審問官たちの悲鳴でかき消されてしまった。鋏の従士たちは正気を失った審問官たちを次々と鋏で突き刺しては持ち上げ、惨たらしく両断していた。

「助けてくれぇ!」

 正気を取り戻して逃げ惑う審問官を狙った大鋏をラヴナの鞭アグラーヤが叩き落とす。

「何で審問官なんかを助けることになるのよ!」

「同感です! こんなの!」

 シェアもリヴォルバーを騎士たちに撃ちこむ。

──ははは! 我が女王、与えたもうた狩り場に感謝いたしまする!

 血と臓物にぬらぬらと光る大鋏を掲げて、鋏の従士たちは感謝の声をあげた。

──そして来たれ! 鋏の信徒どもよ!

 鋏の従士たちの呼びかけに応じてか、無数の嫌らしい笑い声が豪雨にかき消されずに聞こえてくる。鋏の従士たちが何者かを呼びつつ村をおよそ一周し、その轍が二重の円を描き切ったあたりで、かびた匂いのするもやが地面から吹き出し、無数の鋏の先が生えるように何かが現われた。

(間違いない! あいつがウロンダリアにいる!)

 ラヴナは確信した。

 大鋏を持って現れたのは、足の見えないボロ布の様な闇から青白い腕だけが出ている、不気味な仮面や様々な生き物の頭骨を被った存在たちだった。

──鋏の信徒たち。

「こいつらの本体は顔だけよ! 頭骨や仮面を砕いて! シェアさん、援護するから何か心を正常に戻す祈願を!」

「わかりました!」

 皮肉なことに、ラヴナは自分が押しつぶした審問官たちの心を元に戻す必要に迫られた。正気を失ったまま虐殺されていくのはさすがにどうかという考えからだった。

 ラヴナは筒状の『防護の場』を作り、シェアに攻撃の手が及ばないようにした。その力場の中でシェアはルインの呼び出した雷雨に漂う神の気配に乗せて、『すこやかなる雨』の祈願を水と慈悲の女神シェアリスに呼び掛ける。

「打ちひしがれし者の心身を癒す雨を!」

 ところが祈願はシェアリスに届かず、別の力強い存在がシェアの心に語り掛けてきた。

──面白い! あの男が多くの女を連れているなどと! ……良かろう、わしはこの面白さに遊興の如く報いん!

「えっ⁉」

 あまりの事に祈願への集中が途切れ、シェアは大粒の雨の落ちてくる空を見上げた。黒い雲の中、二つの大きな黒い目が自分を見ている啓示けいじがあり、シェアは息を呑む。

──わしは黒き嵐の神ヴァルドラなり。女神と月の香り漂う、匂い立つ美しき娘よ。覚えておくがいい。

 豪雨は暖かく染み込む性質のものに変わり、正気を失っていた異端審問官たちが我に返り始めた。

(ルイン様の魔剣の存在が私に応えた? どうして?)

「シェアさん、気を付けて!」

 ラヴナの声で我に返ったシェアは、自分が次にすべき事に転じた。

──精霊や神々に語り掛ける『祈願』は、基本的には対象が存在している。しかし、異層に対して語り掛ける行為であるため、その声はまれに他の存在が聞き取り、応じてくる事もある。それが善なる存在なら良いが、必ずしもそうとは限らない。

──召喚士サリエナ著『アウ・ダカル・デシオン(黄金の嵐の制御)』より。

「まず一人目!」

 ルインは反動の大きい破砕銃はさいじゅうを正確に撃つ。しかし、その弾丸は爆発も破砕もせずに従士たちの鎧に沈み込んで消えてしまった。

「何だ?」

 素早くリヴォルバーに持ち替えて連射したが、火花一つ散らずに再び弾丸が吸い込まれてしまった。

──ははは! 我ら混沌カオスに対して大抵の物質の力は効かぬ!

 ルインに向き直った戦車は急加速して接近してきた。馬具についた大ばさみがルインを狙うが、ルインもまた『瞬身しゅんしん』で横にかわし空を切る大ばさみの音が通り過ぎる。

「どういう仕組みだ?」

 視線を向けないままに放った数発の銃弾もまた、何の手ごたえも無かった。

──次は外さぬ!

 物置のような小屋を透過しつつ戦車は再びルインに向かう。さらに、地面からとめどなく鋏を持つ亡霊のような存在が現れ始めた。

異端審問会いたんしんもんかいがこんな力を扱っていいものかよ。異端そのものだろうが、勝手な奴らめ……」

 呆れて言葉を吐くルイン。

「いやっほう! 面白そうなことやってんなぁ! 助太刀させてもらうぜ!」

 ミュールが明星槌みょうじょうつい(※この場合は棘付き鉄球に鎖を付けた物)を振り回しつつ加勢する。

「雑魚は私に任せて!」

 ファリスも続く。

「来たれ我が眷族けんぞく! きよしかるべく撃滅せよ!」

 ファリスが杖を掲げると、狼の遠吠えと共に幻影の黒い狼の群れが空中を自在に駆け、鋏の信徒たちに襲い掛かる。

「ガロム! 踏みつぶしてしまって!」

 さらに、家より大きい幻影のような狼が鋏の従士の戦車を踏みつぶそうとした。従士たちは戦車の向きを変えて加速したが、直撃を躱しても戦車の一部が破壊される。

「将を討たんとすれば……まず馬を叩けってなぁ!」

 ミュールは十分に勢いをつけた明星鎚を馬の頭に叩きつけようとしたが、馬の頭から無数の鋏の先が伸びて明星鎚の軌道をそらした。何枚かの刃は折れたが、さして通じていない。

「何だこいつ⁉」

 驚くミュールに対して、経験のあるらしいファリスが助言をする。

「これが『混沌』よ。でたらめなの。でも、あなたや私の攻撃は効くわ。『混沌』は整った自然を嫌うから」

「ええええ⁉ 異端審問官と戦ってたんじゃないのかよ⁉」

 何が起きたのかわからず、混乱しているゴシュ。

 『拡声』で大きくされたラヴナの声が届く。

「まず異端審問官、抵抗したらただじゃおかないわ! 共に戦うか、そうでないなら避難し、私たちの指示に従う事! そしてみんな、戦える人は各自判断して戦って! 決して無理はしないで! 反抗的な審問官は拘束で!」

 ここで鋏の信徒たちの仮面が銃弾と矢で打ち砕かれ始めた。村の干し草小屋の二階の広場から、アゼリアとセレッサが狙撃を始めていた。

「いいじゃない、こういう動く的は結構好きよ?」

 素早い動作で排莢はいきょうし、高度な読み撃ちで鋏の信徒たちの仮面を撃ち抜くアゼリア。

「混沌とは驚きましたが、まあ粛々と殲滅せんめつしましょうか!」

 セレッサはかつて自分専用に造られ与えられた黒い弓を用いている。長い年月で岩と化す世界樹ユグラの枝から削りだされる、木と岩の中間の性質を持つこの材質は黒珪木こくけいぼくと呼ばれ、現在のウロンダリアではかなり貴重なものだ。

「セレッサさん、それは『古き民の黒弓』かな?」

 アゼリアの問いにセレッサは微笑む。

「ああ、よくご存知で。そうですよ」

 セレッサは普段右目を隠している前髪を上げると、右こぶしに挟んだ数本の矢を目にもとまらぬ熟練の技で番えては放った。驚くべきことに、かなり遠くの鋏の信徒たちの仮面が打ち砕かれて霧散していく。

「大変な神業ね!」

「ありがとうございます。まあ、一応弓の名手ではありますからね」

 セレッサは微笑むと、再び素早く信徒たちの仮面を撃ち抜き始めた。

「私も負けてはいられないわ!」

 アゼリアも競うように撃ち続けた。銃と弓の名手二人の援護により、鋏の信徒たちの数は減少に転じていたが、それでも縦横無尽に走る混沌の戦車の勢いは止まらなかった。

──古き民、すなわち人間がしばしばエルフまたはアールンと呼ぶ人々は世界樹と大きな関りがある。彼らは世界樹の管理者であり、また世界樹を生活の場にしている事が多い。世界樹は次第に岩へと変質していく特徴があり、様々な秘密があるらしい。

──詩人ウロム・サギエリ著『古き民』より。

 鋏の従士と対峙しているルインのもとにギゼとメルトも合流した。

「混沌だと⁉ 審問官が呼びだしたのなら、これはウロンダリアを揺るがす行いだぞ!」

 いつもとは違う背中の黒い大曲剣を抜きつつ、ギゼが吐き捨てるように言った。

「信じられません、こんなこと! ……ルインさん、好きに攻撃していいですか?」

 杖を構えながら問うメルトに対して、ルインは鋏の従士と斬り結びながら答えた。

「もちろん!」

「いきます! ……罪人にして闘士たる巨人『鉄腕のダロト』よ! バハルの娘メルトがその縛を解く! あれなる混沌を叩き伏せん!」

──応ッ!

 メルトの背後にそれぞれが馬車ほどもある、かせめられた黒い拳が顕現けんげんした。血管が浮くほどに力を込めてその拳は握られ、枷がはじけ飛ぶ。

「打ち砕け! 鉄腕!」

 メルトの勇ましい掛け声とともに、枷の外れた黒い拳は猛烈な拳打を連発し、鋏の従者の馬と戦車を粉々に粉砕してしまった。

──おお、古き巨人の力を使う者がいるぞ!

 妙にゆっくりと着地する鋏の騎士たちも、この攻撃には驚きを隠さないが、どこかに嫌らしい余裕が漂っている。

「混沌なら古き龍の力も有効であろう! 我らが盟友、黒龍カラダムニルよ! その黒瞳こくどうに我を映し、共に戦い給え!」

 ギゼはしなやかにして筋金のような四肢に力を込めると、低く構えたのち弾かれるように飛び出し、近くの家の壁から屋根に足をかけて宙返りをした。鋏の騎士の一人を標的にしていたが、完全に死角からの攻撃に対し、従士の兜が歪んで無数の鋏の刃がギゼに襲い掛かる。

「!」

 しかし、伸びきたる鋏の刃は全てバラバラと落ちた。

「させないわ!」

 クロウディアの影の刃が鋏の刃と騎士の首を切り裂く。

「食らえ!」

 断面が濁った闇のような騎士の首に、ギゼは深くその刃を沈める。

「混沌を焼き払え! カラダムニル!」

 何かが沸騰ふっとうするような音とともに、騎士の鎧の隙間から黒い蒸気が噴き出す。さらに、鎧の胴に笑いを浮かべた目と口が浮かび上がった。

──ははは! やる! やるなぁ!

 狂気に満ちた笑いとともに、鋏の従士の一人が消えた。

「混沌は地上に存在するべきではないわ!」

 暗黒騎士の姿になったクロウディアが、曲剣と片手半剣かたてはんけんの二刀流で影の刃を起こし、荒れ狂う鞭のように従士を切り刻んだ。

──はは、影人かげびと……か!

 またしても笑いつつ、不気味な余韻を残して消える従士。

 こうして、御者ぎょしゃの位置に座っていた鋏の従士が残った。対峙したルインは皆に呼び掛ける。

「こいつはおれが引き受ける。皆は事態の収拾と、審問官たちの拘束や記録を!」

「わかったわ! みんな、ルイン様の言う通りにして!」

 心配そうに振り返りつつも、眠り女たちは事態の収拾に動き始める。鋏の従士のかぶとの隙間の中の眼は、凍てついた死者のように冷たく笑っていた。

──得体の知れぬ力を感じるぞ。我が消えるか、貴公が消えるか……。

 対するルインは、覇州闇篝はしゅうやみかがりを何度か角度を変えて振る。達人が行う、武器の当たりを取る動作、『聞き』を行っていた。しかし、ルインの場合は意味合いがやや異なる。

──殺戮さつりく研鑽けんさん終わらず、道を具にする我が得物よ! 焼かれし戦士とわが身の地獄の季節は終わる事もなく……。

 ルインは一瞬目を閉じ心に残っていた、哀歌あいかに等しい戦士たちへの言霊ことだまを唱えた。永劫回帰獄ネザーメアで焼かれる戦士たちの戦いの記憶が刀の扱いを呼び起こし、それがルインの全身に行き渡る。

──地獄の季節。

 ダークスレイヤーが初見の武器さえ達人のように扱える、永劫回帰獄との繋がりがもたらした特殊な能力だった。

「行くぞ!」

 目を開けたルインに対し、鋏の従者が大ばさみを構えて走り来る。同調するように、またも鋏の信徒たちが地面から現れ始めた。

──臓物をまき散らして泣き叫ぶがいい! 串刺しだ!

 しかし、鋏の従士が恐ろしげな音と共に鋏を閉じると、そこに黒いコートの男の姿は無かった。

──何が?

 従士が振り向くと、数十歩も先にコートの男の後姿が見えており、男はゆっくりにさえ見えるほどの落ち着いた動作で刀で弧を描いた。

──何をしているのだ?

 コートの男すなわちルインは振り返ると、やがてゆっくりと納刀した。パチリという小気味良い音とともに、無数の鋼色はがねいろの斬撃が走り、鋏の従士は四分五裂に、鋏の信徒たちはその仮面を断ち切られて消えた。それは超絶の秘剣だった。

 ルインは敬意を込めてこの技を口にする。

「絶技、『霞断かすみだち』」

 鋏の従士はその男が何者かに気付いた。

──貴様はまさか……ダーク……スレイヤー……!

 鋏の従士は自分たちの仕える女王にこの危険な存在を報告する事を誓い、幻影のように消え去った。巻物もまた黒い霞のように消え去る。

「片付いたか。しかし、いい刀だ……」

 ルインは覇州闇篝はしゅうやみかがりを抜き、あらためてその刀身に見入った。黒い刀身に、波のように流れる灰色の刃紋。厚刃の剛刀でありながら、その拵えにはどこか控えめに華やかな女の姿が浮かぶような気がすしていた。

「うーん……やっぱりシノの気配がするわ……」

 隣に寄ってきたラヴナが刀を眺めてつぶやく。

「シノ?」

「眠り女よ。フソウ国の巫女で刀匠なの。黒髪でとても感じのいい子よ。私たちのように不死に近くて強大な力を持っているの。あと、美女だけど食べる事が好きね。あの子も謎が多いわ」

「いずれ会う事に?」

「おそらく、いずれは戻って来るわ。ただ、あの子は何か抱えている、というわけではないの。だから面倒事が増えるような事はないはずだわ」

「ルイン様、上級異端審問官の身柄を拘束しました!」

 シェアの声が届き、ルインが見やると、上級異端審問官は馬小屋の柱に縛り付けられている状態だった。

「よろしく、異端審問官殿。おれはルイン。あんたらが『キルシェイドの眠り人』と言ってる存在だな。さて……」

 ルインは散弾銃を取り出し、クローバスに向けた。

「我々を確実に亡き者にするための意図で銃士隊と、あの奇妙な騎士たちを呼び出したように見えるが、あれは明らかに異端の力だ。これは貴公らの異端審問会が逸脱した組織だと証明しているように思えるが、何か言う事はあるか?」

 何か大きなものを失ったような眼をしたクローバスは、今更ルインに気付いたように顔を上げる。

「上級異端審問官、クローバス・ダルムだ。私は、巻物があのようなものだと知らされていなかった。もしも劣勢になったら巻物を投げて振り返らずに走れと。だが、あれはなんだ? 結局、銃士隊や駐屯審問官ちゅうとんしんもんかんだけが殺されていたし、奴らが現われた時の結界は走っても間に合わないものだ。貴公らが強くなかったら今頃は全員あれに殺されていたというのか……!」

 そこに、ラヴナが話に加わってきた。

「名前くらいは聞いたことがあるでしょう? ラヴナ・ザヴァ、魔族の姫の一人よ。古王国連合や異端審問会は確かに大きな規模だけれど、本気で私たち魔の国と事を構えたら、まず勝てないでしょうし、面倒なことになるのは分かるはずよね。つまりこれは……」

「何か思う事が?」

 ルインの問いに対し、何かに思い当たったラヴナは、険しい声で語る。

「異端審問官クローバスと言ったわね? あなた、ルイン様や私たちをあわよくば撃滅するか、または力量を図るための、体のいい使い捨てにされた可能性が高いわ。銃士隊も一緒にね」

「辻褄が合うな……」

「何だと……!」

「つまり、銃士隊や鋏の従士まで使って、ルイン様やあたしたちを撃滅できれば、異端審問会は邪魔ものが消えるし、しくじったらこの上級異端審問官に責任を全て擦り付けて、表面上は友好的な姿勢を取る、と。そんな所じゃないかしら?」

「私が捨て駒にされたというのか!」

「そうでなければこの状況に説明がつかないわ」

「馬鹿な……」

 クローバスは混乱していたが、それでも魔族の姫の言う事に造反を促す意図がある事も考慮していた。しかし、続くラヴナの言葉がより激しく揺さぶる。

「まあ、あなたの判断に任せるけれど、こうなった以上は身柄を拘束し、情報を与えないようにする必要があるの。その上でだけれど、もしあなたが切り捨てられるとしたら、おそらく家族も無事では済まないはずだわ。異端審問会の秘密を抱えたあなたとその家族は、都合が悪いはずだもの」

 状況から見れば、ラヴナの読みが正しいと思われた。

「……私はどうすればいいというのだ!」

 その頑迷さゆえに異端審問官の中で出世できた男、クローバスは、人生で最も難しい選択を迫られることになった。しかし、悩む時間はそう多く残されていなかった。

──ダークスレイヤーの特殊能力の一つ、『地獄の季節』は、彼がおよそいかなる武器も使いこなせるようにしてしまう、恐ろしいものだ。永遠に戦い続ける定めであるこの戦士は、永劫回帰獄から出られずに焼かれ続ける戦士たちの代弁者であり、それ故に戦士たちの技量や思いを体現できるのである。

──賢者フェルネーリ著『ダークスレイヤー』より。

first draft:2021.01.21

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