第三十六話 真実は月の下に

第三十六話 真実は月の下に

 『二つの世界樹の都』テア・ユグラ・リーア。

 従者である黒い有翼の獅子シベレーに乗ったラヴナは、世界樹の枝を素早く駆け上がって最上層の魔法陣を目指していた。

(おかしい。精霊力せいれいりょくがどんどん減衰していってるわ。世界樹の精霊にとって力を貸せない正当性を失った何かが起きているのだわ……!)

 既に三種族の歌も聞こえない。ラヴナは自分が感じた欺瞞ぎまんが確信に変わりつつあった。やがて何層かの魔法陣の足場を超えたラヴナは、最上層の月の魔女たちと月の遺児いじ、そして、何とも居心地の悪い空気で立ち尽くしている三種族たちの様子が分かるところまで上り詰めた。

 三種族の歌い手の女性たちは涙を流して戦意を喪失しており、戦士たちもまた、その士気は既に失われているに等しい状態だった。重い沈黙の中、月の遺児は暗いもやに包まれながら、次第に腐敗の状態から生身へと戻りつつあり、それを起こしているらしい魔女たちの歌はより強いものになりつつあった。

──追われた我々は今宵こよい帰還きかんを果たす。遥か闇の彼方の焦がれし地よ! 我々は今夜こそここに!

 巨大な腐敗したしかばねの集合体『月の遺児』に、下方の無数の魔物の死体の肉片が吸い上げられて集まり何かが形作られようとしている。ラヴナはその前に黒い獅子に乗ったまま降り、声を張り上げた。

「世界樹の都の戦士たち、私たち異界の戦士を呼び出しておきながら、その士気低い状態は何だ? いかなる因縁があろうとも戦士としての矜持きょうじと礼を欠き過ぎではないのか!」

 普段の可愛らしい声ではない、凛々りりしくも戦意を掻き立てる威厳ある声でラヴナが叫ぶ。

「戦いに条理などない。戦士たるもの、迷いは戦いの後に置け! 私の祝福を与えよう!」

 ラヴナは全身を暗黒のもやで包んだ。

「吠えろシベレー、私とお前の戦意を戦士たちに!」

 黒い獅子シベレーは伸びをしたのち空気が震えるほどの声で吠えた。世界樹の都の三種族の戦士たちは、今まで経験した事のない原始的な闘争心に満ち始め、誰ともなく雄たけびを上げる。

 歌い手たちの声も勇気溢れるものに変わり、再び空気が変わり始めた。

「さてと、例えば夫の留守を守るのは古風な女の美しき務め。粛々と……」

 ラヴナは得意げに呟きつつ暗黒のもやを巨大化させた。その中に紫に燃える魔法陣が展開し、さらにもやが大きく膨らむ。

 対して月の遺児もまた、冷たい死の気配をまとった畸形の巨人の姿を取り始めた。その全身から生えている眼窩がんかのうつろな無数の人の上半身は、同じく黒いうつろな口で恨みの歌を唄い始めている。

「おお、何だあれは!」

 戦意を取り戻した戦士たちから、熱気を帯びた声が上がる。

 月の遺児が巨大な体躯を動かし始めるのに合わせ、ラヴナの展開していた黒いもやが消え、黒曜石こくようせきで建造された巨兵が現れた。重厚な騎士のようなそれは、ナイフに似た形の分厚い大剣と大盾を持った、とげだらけの凶悪な甲冑を着けた黒光りする魔導まどうの巨兵であり、溢れる魔力がその黒い石の中を時おり青白い帯電のように駆け巡っている。

 かつて混沌戦争カオス・バトルの際に、混沌カオスの神々が呼び出した巨大な眷属けんぞくたちを討伐するのに、同じく巨大な黒曜石の魔導の巨兵が用いられたことがある。これはその中でも特に強く目覚ましい活躍をした固有名を持つ巨兵だった。その肩甲かたこうとげつかんでラヴナが立っている。

「レギオダス、お前に戦いの栄誉を与える。あの死肉の塊を細切れにしてしまえ!」

──承知!

 うなりをあげて重い黒曜石の大剣が月の遺児の肩に食い込み、遺児とその身体から生えた人型が苦痛の悲鳴をあげる。

「あの方の言葉に救われましたが、それにしても何という戦いを……しかし、今宵こよいを越えねばなりません! あの方の言う通り迷いと涙は戦いの後に置きましょう!」

 戦士たちから同意の叫びが上がる。世界樹の都の代表者の一人である古き民の女性は、この援軍を頼もしく思うと同時に見た事の無い戦い方にただ絶句してもいた。

──かつて『混沌戦争カオス・バトル』の際、混沌カオスの神々たちは悪名高い巨大な眷属けんぞくを数多く呼び出してウロンダリアの戦士たちを苦しめたが、上位魔族ニルティスの王シェーングロードは、これに対して黒曜石の魔導まどうの巨兵の軍勢を用い、劣勢を覆していった。

──パーナム・ルシ著『混沌戦争の兵科解説』より。

 『高き渡り枝の街』ル・ラーナ・シ・リーア

 駐屯地ちゅうとんちのドーム屋根から注意深く周囲を伺っていた『薔薇ばらの眠り人』ロザリエと、ウロンダリアの各集団の代表たち、そして眠り女たちは、さらなる異変に気付いた。

 死肉の巨人たちを形作っていた魔物の肉が溶けて液状化し、それが上方のどこかを目指すように、まるで天地が逆転したかのように伸びていく。合わせて、霧のように無数の霊体が荊や駐屯地の壁をすり抜けて襲い掛かってきた。

「まずいわ。怪我人はかれるかもしれない!」

 ロザリエは呼びかけるようにそう言い、螺旋階段らせんかいだんに姿を消す。その場にいた全員が同じように駆け降りると、石組みの駐屯地の中は既に狂人めいた叫びがやまず、飛び交う半透明の霊体によって混乱状態になりつつあった。

 ロザリエたちに合流したゴシュが悲痛に叫ぶ。

「あたい、怪我人の世話をしてたんだ! そしたら寝てた人や怪我人がみんなおかしくなっちゃって!」

 片目に包帯を巻いた大柄なバルドスタの騎士が、白目をむいてよだれを垂らしながら迫ってくる。

かれてしまったのですね……!」

 アーシェラの言葉と共に、青い神聖な光の波動が輪のように広がり、騎士や暴れていた者たちは糸が切れたように倒れ込んだ。しかし、すぐにまた霊体が宿って起き上がる。

「駄目ね、これではきりがないわ。いっそ手足を切り落とすとか?」

 冗談か本気か分からない恐ろしい事を言うクロウディアに、全員の驚愕きょうがくの視線が向いたが、クロウディアはむしろそれに驚いていた。

「……今のは冗談よ?」

「笑えませんわ!」

 アーシェラが神聖な波動を放ちつつも突っ込む。手当に忙しかったゴシュは、白目をむいたまま立ち上がる仲間たちが心配で仕方なかった。そんなゴシュの脳裏にオゴスの声が響く。

──霊体れいたいには霊体だろう娘っ子。お前の部族呼べや。追い払えるぜ?

「あっ! そっか!」

 ゴシュは革のエプロンから鳥裂とりさき包丁を抜き、親指に傷をつけて左胸の印章にあてた。

「みんな、頼むぜ!」

 ゴシュの父、ギャレド率いる霊体のヤイヴの軍勢が現れると、飛び交う霊体や憑りつかれた者たちをその透ける武器で攻撃し、霊体はヤイヴたちから距離を取りはじめ、憑りつかれた者たちは再び糸が切れたように倒れた。

「よしっ、これなら何とかなる!」

 霊体のヤイヴの軍勢は霊体の魔物たちを少しずつ追い払い、駐屯地内はじりじりと安全な場所として確保されていった。

「とても興味深い力ね。賢きヤイヴの勇士オゴスが干渉しての召喚術のようだけど、滅多に現世に干渉しないとされる彼が、なぜあなたにこれほどの力を?」

 ロザリエの青紫の瞳が不思議そうにゴシュを見つめる。

「そうなの? オゴス様、すげぇ気のいいおっさんって感じなんだぜ?」

「あなたたち眷属けんぞくにはそうでしょうけれど、基本的にこうして他の種族に益することは好まない性分なの。あなたに助力することに何か大きな意義を感じているのだわ。一体それは何なのかしら?」

「復讐じゃねぇの? 舐められたらやり返さなきゃだしさ」

「まあ、それはそうでしょうけれど……」

 この時、このゴシュとロザリエのやり取りを注意深く聞いているローブの男がいたが、誰もそれには気づかなかった。

──賢きヤイヴがどこから来たのか、詳しくは分かっていない。上位魔族ニルティスたちの漂着からほどなくしてウロンダリアに現れ、その勢力の底辺を下支えする一大勢力だが、不思議な事にその数が爆発的に増えた事はない。

──インガルト・ワイトガル著『ウロンダリアの種族』より。

 最上層の魔法陣の足場。

 やや上空で月の魔女たちがうめきのような歌を叫ぶ中、ラヴナの呼び出した黒曜石の巨兵レギオダスは月の遺児を殴り伏せ、その左腕を切り落としていた。冷たい白い燐光りんこうまとう月の遺児は、おそらく負の生命力でその存在を形作っているらしく、切り落とした腕も引き寄せられて再生を繰り返している。

「面倒ね。レギオダス、切り刻んでしまえ!」

 ラヴナはそれを気にも留めず指示する。

──承知!

 レギオダスを殴るべく引手を取った月の遺児だったが、巨兵はその拳を盾で弾き、さらなる重い一撃で肩を切り、一回転して胸のあたりから横一文字に月の遺児を断ち切った。巨兵の動く突風と地響きに、さらに月の遺児の上半身が落ちる湿った大きな音が続く。

「ううぅぅぅううう……!」

 月の遺児は苦悶の声をあげたが、その哀れな頭蓋に黒曜石の大剣が突き刺された。

「全く。見た目の割には大したこと……えっ?」

 月の魔女たちが甲高い叫び声をあげた。

──遺児たち、殺された。

──殺されて、さらに殺された。

──やっと帰って来たのに。

──悲しい悲しい悲しい悲しいカナシイカナシイ……!

──こんな地は故郷ではない……!

 月の遺児は魔女たちの声に合わせるように白い湯気をあげて急速に腐敗し、すさまじい悪臭が再び強くなった。黒い腐汁は何か強力な腐敗性の毒のようで、世界樹の枝に滴り落ちた個所はしゅうしゅうと音を立てて焼けるように木肌を融かしていく。

 その飛沫ひまつの巻き添えを受けた三種族の者たちも無事ではすまず、悲鳴や吐き戻す音が続く。

(故郷ですって?)

 ラヴナは欺瞞ぎまんの答えに行き当たれそうな気がしていた。強い情念と執着。魔女と月の遺児たちは、ただこの地に帰りたいと焦がれていただけではないのか? と。

(赤い月に送られたのは、闇の母神ハドナだけではない?)

 三種族の戦士や歌い手たちは瘴気しょうきと悪臭から距離を取り始めていたが、その声の中に涙と共に許しを請うもの、謝罪を乞うものがあった。

「許してくれ……!」

「やはり、このような事は正しくない……」

 ラヴナは理解した。戦意を高揚こうようする祝福を与えてもなお強い悔恨かいこん謝罪しゃざいは、この都の三種族が、心のどこかでは到底承服できないままこの戦いを展開していた事に。

「そういう事ね……バルセ!」

 ラヴナは左手に暗黒の球体を浮かべ、そこから小さな姿をした同族の使い魔、バルセ・メナを呼び出した。妖精のような大きさでも、その豊満で美しい肢体したいがよく分かるバルセは、角と翼を隠さない本来の姿で現れた。

「せっかく散歩を楽しんでいたのに、どうしたの? ……って、何この状況、ウロンダリアじゃないじゃない! バルドスタの夜会の次はこれ?」

「少しまずい事になりそうよ。あなた、氷雪系が得意でしょ?」

 ラヴナの声をよそに、空中に浮いたままぐるりと周囲を俯瞰ふかんし、何かを感知したバルセは一瞬の真顔ののち、笑顔で言った。

「いいけど、使い魔以上の魔術を私に求めるのなら、眠り人を私に一日貸す事が条件よ?」

「ちょっと、足元を見るのはどうなの?」

「あらぁ、しばらく使い魔やってて氷雪系の魔術を思い出せるかわかんないわぁ」

 バルセは小さな姿で美しい金髪をかき上げつつ、くすくすと笑った。

「わかったわもう! ただ、ルイン様に変な事しようとしたら許さないからね?」

「そんなつまんない人じゃないでしょ? あの人。見えているのがあなただけだなんて思わない事ね」

 バルセの赤い目が挑発的に光る。

「まったく。だからこの選択は避けたかったのに……まあいいわ。制限を一時的に解除するわね」

 ため息交じりのラヴナに対して、してやったりといった笑みを浮かべるバルセ。

「あなたのそういう話が早いところ、好きよ?」

「はいはい」

 ラヴナがてのひらを向けると、バルセは黄色い帯状おびじょうの術式の輪に包まれ、白銀の短い杖を持った白いドレス姿になった。そのドレスは雪の結晶をあしらった宝石の多いもので、角と翼を隠したその様子は、まるで雪の貴婦人のように気高い。

「まあ、憧れのサーリャ様には及ばないけど、なかなかのものでしょう? さてと」

 バルセは足元の空気を凍らせて足場にし、静かに降り立つと舞うように短い杖を振り、優雅に美しい輪を描く。あとを追うようにきらきらと光る冷気の粉が舞い、それが次の瞬間には周囲全てに降り注いでいた。

──氷雪の華・冷たき花園。

 一瞬で氷の花びらの舞う幻想的な景色が展開し、月の遺児の肉体と黒い腐汁ふじゅうは凍ってきらきらと光る霜に包まれた。張り詰めた薄い氷にひびが入る、さらさらとした音が満ちる。

「私の冷たい愛は浮世の狂熱を優しく冷ますものよ。ふふふ」

 声質の優しいバルセは眼を細めて笑う。その様子に淫靡さなどかけらもなく、ラヴナはかつての好敵手にして友であるバルセに少しだけ感心していた。

「今のうちに態勢を整えるのだ!」

 三種族の代表たちが声をかけるが、もうその士気は失われているも同然だった。

「バルセ、レギオダスと状況の維持をお願い。何があったか確認してくるわ。わかるでしょう? この感じ……」

 言いつつ、ラヴナは月を見上げる。

「……まずいわね。先が見通せないもの」

 ラヴナとバルセは上位魔族ニルティスの持つ先を見通せる感覚での話をしていた。運や物事の流れがある程度見通せるほどに強大な二人は、この状況に暗い霞がかかっている事に気づき、それを危惧している。

 強大な存在である自分たちが先を見通せない事は、同じかそれ以上に強大な何者かが、この後の展開に介入してくる予感に他ならなかった。

「ねえラヴナ、あの変な女たち、あれもおかしな存在よね。何かの眷属けんぞく巫女みこのような属性を感じるわ。どうにも反転した存在のようだけど……」

 変わらずに空中に静止している月の魔女たちの姿に、バルセが考察をつぶやく。

「でしょ? 欺瞞ぎまんの匂いもするし、何かあるのよ。問いただして来るわ」

 近くの空中を飛んでいた黒い獅子シベレーを呼び寄せたラヴナは、エルフの責任者のいる三種族の集団の傍に降り立つ。

「そろそろ話してくれる? この後は何かまずい事が起きそうだわ」

 重苦しい沈黙が支配するが、ラヴナは躊躇ちゅうちょせずに魔力の塊を掌の上に浮かべた。

「私の話に二度目は無いぞ?」

 威圧する強い言葉に、誰かが重苦しく答える。

「そうするしか……なかったんだ……」

「誰? 何のこと?」

 ラヴナは視線を巡らせたが、皆一様に沈痛な面持ちで下を向いている。ここで、代表者らしき古き民の女性が顔をあげた。

「私たちが昔、あの赤い月に送ったのは闇の母神ハドナだけではありません。私たちは、それしか方法が無かったとはいえ、ともに大災害を超えた仲間たちを……異種族間で愛し合った結果生まれた、混血になってしまった仲間たちを、あの月に送ったのです」

 沈黙が揺らいだ。ラヴナは最初、この女性の言っている意味が理解できなかった。

「……は? ……待って、仲間でしょう? 何でそんな?」

「大災害の後、この二つの世界樹の都とわずかな三種族は、必死に協力していくうちに、次第に種族を超えて愛し合う者たちが現れました。しかしそれは、私たちの起源たる神の加護を失いかねない慣習の破壊ももたらしました。そしてある時、世界を作ったとされる『隠れし神々』の使徒が現れ、私たちの神々を別の世界に送ってしまったのです。私たちは種族として退廃たいはいし、神々の加護を得る資格がないとされました」

 古き民の女性は顔を覆い泣き崩れてしまった。月の民の男性が言葉を続ける。

「私たちに残された神格は、存命なら月に旅立った船と航海の女神ミゼステ様と、月光の英雄オーランド様、そして双子の世界樹の精霊様です。私たちは見放されたこの地に神々の祝福を取り戻すべく、混血の者たちを大術式であの月へと送り、婚姻こんいんを統制して、元の三種族に戻ろうとし続けたのです。しかし、月に送られた者たちは納得するはずがありません。いつしか月の落涙に、我々の仲間だったであろう者たちが加わるようになったのです」

 絶句していたラヴナは、『月の遺児』が何故そう呼ばれるのか理解した。

「何という残酷な仕打ちを……。そんなの、答えが出せるわけないわ! ……では、あの魔女たちは何なの?」

 続いて、翼の民の女性が口を開く。

「わからないのです。ただ、船と航海の女神ミゼステ様は星の海を渡る力を持ちますし、古き言い伝えではミゼステ様の眷属けんぞくは十人。八つの方位と追い風、向かい風を司るとされ、それと関係があるかもしれません」

「古い女神が闇に落ちており、あれはその眷属かもしれないというのね? 最後にもう一つ聞くわ。『隠れし神々』の使徒の名前は伝わっている?」

 泣き崩れていた古き民の女性は顔をあげ、震えながら答えた。

「古き言い伝えでは、使徒の名は『蒼き翼の調停者』マスティマ・ウンブリエルとされています。船の民の方々がそう呼んでいました」

「青いマスティマ? ……最悪だわ」

 ラヴナが数多くの禁書きんしょから知り得ていた事はそう多くないが、マスティマの記述はよく覚えている。マスティマまたはアルサオンと呼ばれるその存在たちは神の悪徒あくとであり、その翼は燃える炎で出来ているとされる。そして、その炎の色によってマスティマの役割は違っていた。

 青いマスティマ。それは調停者の名の下に一柱で大災厄をもたらし、均衡を欠いた多くの世界を滅ぼしてきたと伝わる。

──ミゼステ! ミゼステ! ミゼステ!

 突如として、月の魔女たちが頭上の月を見上げて両手を捧げ、何かを呼ぶように叫び始めた。

──我らを見守るミゼステよ、棄てられた我らを懐かしき月に導き給え!

──ミゼステ! ミゼステ! ミゼステ!

 ラヴナを含めた全員が頭上の月を眺めた。最初それは小さな黒い点だったが、次第にそれは船の形をしたものに変わり、ぐんぐん近づいてくる。それに従って、漂う闇と邪悪な気配が濃くなりつつあった。

「あれがその古い女神だというのなら、闇に落ちていて大災厄をもたらす可能性があるわ……!」

 世界樹の都の戦いは、さらなる困難な局面に移りつつあった。

──『隠れし神々』の悪徒とされるアルサオンまたはマスティマたち。このうち青い炎のマスティマは無限世界のバランスの為に調停者として存在し、界央セトラの地の意思にそぐわない世界は容赦なく焼き尽くして断罪すると伝わる。

──著者不明、禁書『黄金の書』より。

first draft:2021.12.05

コメント