第三章エピローグ 一人と一匹の未来

第三章エピローグ 一人と一匹の未来

 『不帰かえらずの地』の野営地の丘。

 今や壮大な『二つの世界樹の都』を眺める絶好の位置となったこの丘では、ルインたちの帰還から三日間、魔の都と最果ての村ウーブロ、そしてこの野営地と、ルインや眠り女、魔の国と聖王国の役人、バルドスタ戦教国せんきょうこくの高官などが頻繁に行き来していた。

 工人アーキタの都市からバルドスタ戦教国、そして今回の不帰かえらずの地での異端審問会いたんしんもんかいの動きにより、背後の『古王国連合こおうこくれんごう』という国際組織の暗躍が明確になった事で、魔の国と聖王国、そしてバルドスタ戦教国は、自由なる存在である眠り人を軸に、古王国連合に対して表向きは静かな牽制けんせいの姿勢を取りつつも、そこに潜む陰謀を明らかにして取り除く方向に明確に舵を切った。

 この様々な動きの中で、古王国連合の陰謀の犠牲者となり、また唯一生き残って復讐を果たし、陰謀を明らかにして『二つの世界樹の都』をウロンダリアにもたらすきっかけを作ったゴシュの功績は、特に重大なものとして大きく評価された。

 ゴシュと骨付き肉は『二つの世界樹の都』の検分に来た魔王をはじめとする魔の都の重臣たちに改めて過去に起きた事を説明し、沼地の砦からこの丘へと移動して来ていた。

 魔王軍の楽隊が荘厳な曲を奏でる中、長い行列の先頭で青黒い半竜馬バスタール(※ドラゴンの性質を持った馬)に騎乗していた魔王シェーングロードはテア・ユグラ・リーアの都に感動の声を上げて馬から降りる。

「これが『失われた七都』の一つ。見事なものよ。聞きしに勝る荘厳さと美しさよな。ラヴナの言う通り、古き民だけではない複数の民の美意識が複雑に絡んでいる。よくぞこれをウロンダリアにもたらしたものよ。して……」

 魔王シェーングロードはゴシュと骨付き肉に向き直った。

「かつて余はそなたの報告を聞いたが、時節を待てと言った。その時節はついに訪れ、そなたらは辛苦を乗り越えて復讐を果たし、親と部族の仇を討ち、また、その者たちに不朽の名誉までもたらした。船の民が上位のゴブリンと呼ぶ貴公ら、……正しくはナブ・ヤイヴと呼ばれるそなたらは、その起源は無限世界で名を轟かせていたダークスレイヤーと関りがある。ゆえに余は時節を待てと言った。眠り人殿はダークスレイヤーの可能性である事を亡くなったわが妻が示唆していたゆえな。秘された伝承の通りであれば、貴公らヤイヴはあの伝説の戦士に返しきれぬ恩があるはずだ。世の読み通りそなたらの祖たる勇士オゴスが関わり、そなたの復讐は果たされ、こうして魔城の候補地に予想を上回る都がもたらされた」

「魔王様は、全て見越してこうしてくれたって事?」

 魔王はすぐには答えず沈黙が流れた。やや後方、魔法の浮き絨毯に座す黒い布の塊……実際には古いローブを着た何者かが、しわがれた老婆の声で答える。

「我々じゃよ。今は魔の都の政は二つに分かれておる故な。我ら『陰なる府』の意図じゃ。女の事は女の政府が取り仕切る。それが魔の都の流儀じゃからのう」

「もしかして、大婆様?」

 それは魔の国の重大な決め事において魔王の相談役となる高齢の女性だった。魔の国の政治は男女で分かれているとされ、大婆は女の政府の筆頭であるとされている。

「良く知っておるのう。そうじゃ。今の我々は魔王の妻、魔后セレニアの遺志を継いで政に関わっておる。我らの決定が遠大な良き結果をもたらしたようで何よりじゃ」

「そうだったんだ……!」

「すぐさま法や力によって解決を臨むばかりが解でないものじゃ。辛かったろうが、その日々はこうしてしっかりと報われたのじゃ。胸を張るがよい。して、あとはシェーングロードが沙汰を降すであろう」

 顔が陰になって見えない大婆はそこで沈黙し、魔王シェーングロードが話を続ける。

「ギャレドの娘ゴシュ、そなたは見事な働きをした。ギャレドも良き娘を持って誇り高いであろう。部族は失われかけたが、それを補って余りある良き娘がもたらされた。そなたと、その狼、そしてそなたの部族の活躍を、余は誇るべき魔の国の歴史の一幕として記録し、その功績をたたえ『黒曜の年代記』に刻む事を約束し、また叙勲する!」

 魔王の言葉に合わせて、楽隊が荘厳な戦士の鎮魂の曲を奏でる。

「皆にも聞かせてやるがよい」

 微笑む魔王の言葉に、ゴシュは手に小さな傷をつけて左胸の印章に触れ、部族の霊体の軍勢を呼び出した。亡き父ギャレド率いるヤイヴたちはこの様子を見て整列し、こうべを垂れて楽隊の曲に聞き入る。

「みんな……あたい、やったよ……!」

 ゴシュは次第に溢れてくる涙を止める事が出来なかった。そんなゴシュの傍にぴったりと寄り添う骨付き肉は、わずかの誇らしい気持ちと共に、これからもいつまでもこの小さな主を守り続けようと、ずっと一緒にいようと心に誓っていた。

 そんな一人と一匹の前に、悠久の都テア・ユグラ・リーアは柔らかな光と風の中、静かにたたずんでいた。

──船の民がゴブリンと呼ぶ緑肌の小柄な人々は、自分たちをヤイヴと呼んでいる。ヤイヴとは彼らの言葉で『清める者』を意味する言葉であり、上位のヤイヴは特にナブ・ヤイヴと呼ばれる。ナブは『耳の良い者』を意味しているとされる。

──インガルト・ワイトガル著『ウロンダリアの種族』より。

first draft:2022.02.11

コメント