第五話 ガンスリンガー

第五話 ガンスリンガー

 翌日。工人アーキタの都市国家ピステを再び訪れていたルインたちは、まずアゼリアの父ダルトンから、アゼリアが『西のやぐら』に持ち込んでいた新型の銃のほとんどを譲り受けると、その後、工人たちの射撃場で専用の銃の受け取りと試射を行おうとしていた。

 工人アーキタの射撃場は発掘現場だった崖を広く切り開いたもので、設置された的や蒸気の仕掛けで自動で現れる人型の的、射出機で空中に粘土製の的を飛ばすものなど、射撃の技量を鍛錬し、また正確に測るための装置のありとあらゆるものが備えてある。数段の小段のある崖に囲まれているために、風の影響を受けづらいのがこの射撃場の利点であり、特徴でもあるとされていた。

 木造の発砲区画の周囲は現在は三重の天幕で覆われ、外部からは全く見えないように隠蔽いんぺいされている。これは連発式の銃の機構や構造を遠目からでも見えないようにする措置だった。ルインたちは回り込むように内部に入ると、床に届くほどの白く長い髭を蓄えた、鍛冶の古代種族ともしばしば言われるドヴェル族の男が微笑みつつゆっくりと手を挙げた。

「あっ、ドルギー、こっちで待っていたのね?」

「よう、来たな! アゼリアと眠り人、そして眠り女の別嬪べっぴんさんたちよ!」

 ドルギーはルインに握った拳を差し出し、ルインもその拳に自分の拳をあてる。事前にアゼリアから聞いていたドヴェル族の挨拶で、『つちを合わせて音を聞く』という意味だという。シェアとクロウディアも同じように続ける。

「注文通りに、いんや、それ以上にいい仕上がりだぜ! 眠り人の銃がとりあえず四つ、影人の皇女さんの銃が二つ、聖餐教会せいさんきょうかい教導女きょうどうじょさんの銃が二つ、用意できているぞ!」

「二つ?」

「二つですか?」

「うん? 一つずつ多いな? さては試作品を?」

 ルインは何日か前、水平二連の短く切り詰めた散弾銃と、大口径の回転弾倉式の拳銃を二つ、選んでいた。クロウディアは上下二連の同じく切り詰めた散弾銃で、シェアは中口径の回転弾倉の拳銃だったが、それら以外に一つずつ数が多いことになる。

「まあそういうこった。今後の事を考えてな! とりあえず、色々と試してみな! 弾を込めたら白い煉瓦れんがの埋め込んである線から前に進めばいい。勝手に始まるぜ!」

「了解した」

 ルインは二丁の拳銃を腰の後ろに装備したホルスターに収め、さらに左腰には散弾銃を納めると、射撃場へと進んでいく。埋め込んである白い煉瓦の線を超えると、人型の的が幻影のように立ち上がった。

「魔法の的か!」

 言いながら撃ち抜くルイン。最初は散発的だった人型の的の出現は、次第に早く、多くなり、給弾も追いつかなくなってくるが、何とか頭や胸を撃ち抜くことができていた。散弾銃で密集した複数の的を撃ち消し、両手に持った拳銃を撃ち尽くしたところで、的が出現しなくなる。

「……こんなところか。確かこういう武器は持っていた気もするが、まだ思い出せない。いずれにせよ心強いな!」

 楽し気に言いながら戻るルインに対して、アゼリアとドルギーは目を丸くしていた。

「すごい。私より拳銃の扱いがずっとうまい!」

「眠り人、あんた、さては銃のある世界にいた事があるな! 達人の域を超えた早撃ちと照準だぜ! 大したもんだなぁ!」

「それは恐縮だな。しかし、銃自体が良いものだと分かる。ずれ・・を感じない」

「ずれを感じねえ……か! 分かってんなぁ、気に入ったぜ!」

 ドルギーは楽しくてたまらないといった満面の笑みを浮かべていた。この後、クロウディアとシェアが銃の試射をしてみたが、二人はほとんど的に当たる事が無かった。どうにか、クロウディアが近距離の的に散弾を当てられたくらいだった。

「こんなに当たらないものなのね! 散弾は当たるけど、普通の弾は全然だわ!」

「私なんて全然です。全く当たりません。こんなに難しいものだったなんて……!」

 そんな二人に、アゼリアは微笑みつつ答える。

「私も最初はそんな感じだったよ? お兄さんが普通じゃないだけで、皆最初はこんな感じなんだから。これから練習していけばすぐに上手になるわ!」

「そういうものなのね?」

「練習します!」

「あんたらは眠り人と一緒にこの都市を護ろうとしてくれた英雄だからな。好きなだけ練習していけばいいさ。ところで眠り人よ、給弾と装填、もっと早くなったらいいと思わねぇか?」

 ドルギーは何か含みのある笑みを浮かべている。

「早くなれば嬉しいが、何かそういう仕掛けでも?」

「そうだな。弾無しの散弾銃を折った状態で、そこに立ってみな?」

「……こうかな?」

 ルインは水平二連の散弾銃を無装填の状態で折り、立った。

「いいぞ。どれどれ……」

 ドルギーは銀の装飾のある弾薬箱を開くと、真鍮色しんちゅういろをした金属製の弾薬を二つ取り出し、ルインから人間の足で数歩分の距離を取った。

「眠り人、『装填そうてん』と念じ、次の弾丸を装填して撃つ心持ちになってみな?」

「わかった……!」

 ルインの様子に合わせてドルギーは無造作に二つの弾薬を放り投げたが、二つの弾薬は吸い込まれるようにルインの散弾銃に収まった。

「どういう仕掛けなんだ?」

「驚いたか? これはな、鞘に必ず戻る仕様の魔剣や聖剣の術式じゅつしきを応用したものだ。空の薬莢やっきょうでは発動せず、弾にも術式を刻み、それが薬莢に収まっている事で発動する仕組みになっている。二連の散弾銃なら、銃身に名前と番号を振り分けており、そこに対応した弾薬が収まる仕組みだ。こんな物ぁおれたちドヴェルの民くらいにしかまず造れんぞ?」

「面白い! 給弾きゅうだんの隙がほぼなくなるな」

 ルインの喜びようにドルギーは得意げに眼を細めた。ルインはある事に思い至る。

「つまり回転式でもこれと同じことが?」

「ふっふ、それを聞いてくれるのを待ってたぜ! これを見てみな!」

 ドルギーが指し示した銀の装飾の弾薬箱の中には、六発ずつの弾薬をまとめたものと、その弾薬を取り付けたつまみ付きの保持具が収められていた。

「こいつは『早収はやおさめ』と名付けた装填補助具そうてんほじょぐだ。六発の弾を一気に弾倉に込められる。が、大事なのはそこじゃねぇ。ここにある六発ずつの弾を手に取り、拳銃の弾倉を空けたら、見当をつけて放り投げて、さっきみたいに『装填』ってやってみな?驚くぜ!」

「やってみよう!」

 ルインは眼を輝かせて回転式拳銃を取り出し、その弾倉を空けると、六個ひとまとめの弾薬を放り投げ、それを弾倉に収める様子を思い浮かべつつ念じた。

「……ほう!」

 六発の弾薬は生き物のように弾倉に収まる。

「すげえだろ? これでもうほとんど隙は生じない。『時間減速じかんげんそく』や『刹那せつなの延長』、『達人の時間』などの上位の時間操作の力に対しても遅れを取りづらくなるぞ!」

「いや、これは素晴らしいな!」

 ルインは早速、弾薬を抜き出しては同じ事を繰り返してみた。弾薬は見事に弾倉に収まってくれる。

「すごいよドルギー! さすがドヴェルの名工ね!」

 この件はどうやらアゼリアにも内緒で進めていたらしく、ドルギーは得意げな笑みをしわと髭だらけの顔に浮かべた。。

「ふっふ。装身具づくりもいいが、こういうわしらにしかできない武器づくりもいいもんよ! 『納刀のうとう』などの術式の応用さな!」

「なるほどね!」

「それでなぁ、眠り人と眠り女の別嬪さんたちよ、こいつはおれたちからのお礼みたいなもんさ。そこの机に三つの金属のかばんがあるだろう? 開けてみな。眠り人のは黒い小さい鞄、教導女さんのは白い鞄、影人かげびとの皇女様のは銀色の立派な鞄だぜ」

 立てて並べられた三つの鞄が机の上に置いてある。それぞれ色も大きさも違うが、まずルインが黒い小さい鞄を開けた。

「……これは?」

 中に入っていたのは、基部が六角形、先が円形の銃身を持つ、黒い大口径の拳銃だった。

「信号銃、とも違うわよね?」

 アゼリアにもわからないらしい。

「こいつはな、『破砕銃はさいじゅう』と仮の名をつけている。この都市の地下遺跡の最下層にある『銃神じゅうしんなぎさ』に流れ着いた、錆びた異界の銃の残骸から復元したものだ。こいつはすげえぞ? 弾の口径は9クーリ(29.7㎜)でな、専用の弾丸を使うと、なんと17クーリ(56.1㎜)の鋼鉄の板もぶち抜けるんだぜ! ……まあ他にもよ、信号として使ったり、照明や、擲弾てきだんを遠くに飛ばすこともできらぁな」

「17クーリって! どんな鎧も加護がなかったら一撃必殺じゃないの! こんなものを作っていたの?」

 アゼリアは絶句していた。

「この銃の原型が流れ着いたのはもう二百年近く前だからな。強すぎるから表にゃ出せねぇが、『眠り人』の武器としてはありだろ? ふっふ!」

「『破砕銃』か……」

 ルインは手に取り、その心地よい重みとバランスを感じつつ、銃身を折り、また元に戻した。

「だがよぉ、そいつは反動がでけぇ。バカスカ撃ったら下手すると肩や肘をやっちまう。折り畳みの銃床じゅうしょうも考えているから、あまりぶっぱなし過ぎるなよ?」

「わかった、気を付けて使うよ。いずれにせよ心強い!」

「じゃあ、次は教導女さん、その箱を開けてみな?」

 シェアは慎重な手つきで白い箱を開けた。中には、見事な彫金彫刻エングレーヴの入った白銀の回転式拳銃が収められており、握りの部分には白い虹色の光沢を持った材質がはめ込まれている。たいそうな美しさを持つ銃だった。

「……これは?」

「こいつはな、今、死の床に就いてるわしらの同輩ラゴロッドの作品だ。あいつがわずかに持っていた、聖なる巨人の武器の欠片と、聖龍ファルザサールが分け与えた鱗で出来ている、神聖な力を持つ銃だ。そのままでは美術品だが、武器は使ってこそ意味がある。あんたが使ったらいい!」

「そんな貴重な物を⁉ 本当にいいのですか?」

 シェアは驚いてドルギーの顔を見る。ドルギーは眼を細めて笑いながら言った。

「もちろんだとも! それでもし、あんたがこれを有難いと思ったなら、この後、ラゴロッドの奴にその銃を持っているところを見せてやってくれないか? あのくたばりぞこないの根っからの職人には、それが一番の薬になるからな!」

「わかりました! この後伺います!」

 ドルギーはその返事に満足そうに頷く。

「では、次は影人の皇女様だな!」

「……開けてみるわ。これは……?」

 クロウディアの鞄の中には、リヴォルバーと大きめのナイフを掛け合わせたような武器が入っていた。驚くクロウディアの表情を見て、ドルギーはまたも満足そうに笑う。

「そいつも『銃神の渚』に流れ着いた武器を復元したもんさ。そいつはバーダル鍛銀たんぎんと、透明な魔晶で刃の部分が作られている。つまりだな……」

 ドルギーの説明に対して、クロウディアが推論を挟んだ。

「魔法の力を、刃から解放する?」

 「流石だ! やはり影人の騎士ともなると勘がいいな! そいつのでか過ぎる弾倉を見ると分かるが、その弾は火薬じゃない。撃鉄で薬莢をぶっ叩くと、薬莢に込めた魔法の力が魔晶を通して刃から解放される仕組みよ! 工人アーキタの名工イズギスの傑作だ。奴は影人の力を込めた武器を作りたがっていたからな。魔法の力を込める武器は奴の得意分野でな」

「という事は、私もこの武器をイズギスさんに見せた方がいいですね?」

「そういうこったな」

「それにしてもこんな素晴らしい武器を作るなんて! 尊敬ももちろんだけど、バルドスタのあの弛緩した軍に好きにさせなくて、本当に良かった!」

 しみじみと言うクロウディア。

「全くだな……」

 ルインも本当に間一髪だったと感じていた。タイミングが良すぎる気もしていたが、今は考えるべきではないと沈黙を保つ。

「ねえ、でもドルギー、何でこんな強力で素晴らしい武器を作っていたの?」

 アゼリアの疑問ももっともだった。

「ああ、それはな、『強い武器、特別な武器は、特別な使い手を引き寄せる』って言葉があるだろう? ワシらはそれに賭けたのさ。良い武器ってのは最後には自分で良い持ち主の所に行くからな。間一髪で見事、眠り女と眠り人を引き寄せたわい。ワシらの武器もまんざらではなかったな! ふっふ!」

「そうなの? なんてこと!」

 アゼリアは絶句していたが、ルインはこの気の良いドヴェルの職人の考えがよく理解できていた。本当に良い武器には意志のようなものを感じることはしばしばあり、職人もそのような事を考えるのは自然な事だと感じていた。しかし、それは口に出さず、ルインたちは特別な武器の使用法などを聞いたのち、死の床に就いている二人、ドヴェル族の老ラゴロッドと、前期工人の老イズギスに面会する事にした。

 年老いた工人の都市の職人たちは、工人の都市のある土地では最も高い、台地の上のような場所に立てられた施療院で人生を終えることが多いのだという。ゴンドラで全ての坑道や崖の小段を超え、最上部に着くと、そこは切り開かれた箇所を除いては全て、背の低い草花の緑一色に覆われた草原だった。粗末な木の柵で仕切られた未舗装の道路の先に、防風林で囲まれた大きな平屋の、木造の建物が何棟か並んでいる。

「あれが『(つい)施療院せりょういん』でな。加齢の重みで目や手足が思うように働かなくなった職人がひっそりと暮らすところだが、あの二人は元気な部類でな。話すこともできるだろうよ」

 ドルギーの様子には悲壮感は全くない。友に会いに行くのを楽しみにしているような雰囲気さえ感じられている。

 白衣を着た後期の工人らしい年配の女性が、アゼリアやドルギーに気付いたのか手を振り、挨拶をした。アゼリアも手を振り返す。

「こんにちは、マダリアさん!」

「アゼリアちゃん、今回は大活躍だったね! なんだいドルギー、思ったより遅かったじゃないか? お友達はあんたが来るのを首を長くして待っていたよ?」

 マダリアはそう言ってからからと笑う。

「なんだ、やっぱりあいつらまだ元気だな!」

「朝から二人とも応接室から動かなくてね。これで尻に生えた根も抜けるだろうさ」

 マダリアに案内されて施療院の応接室に入ると、機関車の技術者ゲネンと同じ、左右非対称の身体と長い腕を持つ、白髪の前期工人の老人と、だいぶ白髪交じりの長い髭と、ふさふさの眉毛でほとんど顔の隠れた小人の老人が、ほぼ同時にルインたちを見た。挨拶をして、席に着き、クロウディアとシェアが感謝の言葉と共にそれぞれ変わった武器を見せると、二人は眼を見開いたのち、何度も嬉しそうに頷いた。

 もしかして喋れないのか? とルインたちが思い始めた頃に、ラゴロッドがゆっくりと話し始める。

「……一つだけな、問題があるんじゃ。ワシらの工房はおぬしらの拠点にあるべきじゃが、魔の都の大城壁の『西のやぐら』では工房を構えるに今ひとつじゃ。上位黒曜石オブスタイトの影は薄い故な。影の歴史が古く、かつ魔力が多い場所か、魔力の集まる暗き場所がある頑丈な古い城などがいい。拠点を構えてくれたら、ワシらはそこで『影人成かげびとなり』を行い、永遠におぬしらの為に鎚を揮おう!」

 続いて、工人イズギスが続ける。

「……それで、何か理想的な解決方法は無いかとワシも考えたのだ。確か、魔王シェーングロードはかつての魔王や貴族の城を全て、宝珠に封じ込めて保管しているはずなのだ。どうにかして城を譲ってもらい、干渉の無い地域になるべく古い城を転移・現出させ、そこを拠点とすれば良かろう」

「城か。今度は城が必要になるのか……」

「影人の暗黒騎士団長は相当な腕利きでもあったからな。やれる事を全てやらねぇと、勝てねぇぜ?」

 静かに言うドルギー。

「確かにそうね。強力な混沌カオスの武器を二つも保持している以上、どれだけ備えても十分すぎるという事は無いわ。天変地異さえ起こせる武器なのだから。特に『愚者の王の大剣』がまずいわ。アレクシオスが混沌に取り込まれていたら、だけど」

「ああ。あれはやべぇやな……」

 ドルギーは同意して、眼を細めた。

「……わかった。やれる事はやらなくてはな! 帰って魔王殿下に相談してみよう」

 城を手に入れる方法など想像もつかないものの、ルインは早々に決意を固め、魔の都に戻ったら早速、魔王と話してみる事にした。

──八百年前の『混沌戦争カオス・バトル』の際、混沌側の最悪の神が『変化の王』『愚者の王』『幻影の軍神』などの多くの名を持つ、混沌神ゼスナブルであった。最後まで侵攻をやめなかったこの神は、名だたる戦士たちに他の混沌の神々の遺物である武器で滅多刺しにされ、やっと討伐されたのである。

──著者多数『混沌戦争録』より。

first draft:2020.05.01

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