第二十三話 ウラヴ王の城

第二十三話 ウラヴ王の城

 黒い城近くの殺風景な平原には、縦横じゅうおうに断たれた岩の戦艦せんかん残骸ざんがいと、そこから上がる炎、切り裂かれた大柄な異形いぎょうの地獄の騎士、貴族、侯爵などの死体が散らばっていた。

「悪いな。一対多の時はこういう事もある。お互い本気の結果だ。仕方ないだろう?」

 ルインは自分の戦いの結果を横目に見つつ、ほぼ感情のこもっていない声で独り言ちながら進む。遥か昔ならこれらの存在を武器に変え、またこのような存在の持つ武具などにも魅力があったが、現在は特に魅力もないと考えていた。おそらくこのような結末を迎えるだけだった存在の数多い遺骸を後にして、毒々しく赤い炎に包まれた黒い石組みの城塞じょうさいに向かう。

「この城の主に用がある。この城の王はかつてバルドスタを征服した、炎の魔王ザンディールと契約したウラヴ王か?」

 問いかけに対し、毒々しいまでに赤い炎の壁に黄緑の炎の顔が浮かび上がった。その顔は激しい炎の音に似た声で語る。

「いかにも。この城の主はウラヴ王なり。我は炎の王ザンディールに遣わされた魔城の守護者なり!」

「開門願おうか」

「断る! ウラヴ王はそなたとの面会を望んでおらぬ。我が炎は招かれざる客を……」

 炎の顔は途中で言葉を濁した。ルインが地面に透過とうかする鎖を引き上げ、何かを呼びだそうとしているのに気づいたらしい。

「しかし、我より遥かに力あるものの前に、我が守護は意義を成さぬと判断する。通られよ」

「理解が早くて助かる」

 炎の顔は消え、正門の周りだけ炎の壁も消えると、黒い鉄製の跳ね橋が重い鎖の音をさせつつ下がってきた。

「しかし、不退転の守護者はいる。かつて人間だった者が鋼鉄の身体を持つ。心しておくが良い」

 声だけが響いてくる

「覚えておこう」

 下がったはね橋の向こうは緩やかな階段になっており、その両脇は兵士の詰め所のような石組みの小屋が数多く建っている。銃眼じゅうがんのあるそれらは堅牢けんろうな防御施設でもあったろうが、すでに敵の気配はだいぶ少なく、二十体前後の戦鬼や悪鬼が思い思いの武装で階段の各所にいたが、訪れた男の戦いぶりを見た後なので困惑気味だった。

「無駄に死にたくなければ立ち去るがいい。お前たちがここにいる契約はもうじき無効になる」

 しかし、ルインの言葉に応じずに全ての悪鬼たちが襲い掛かってきた。多くの場合そのような存在なのはルインもよく理解しており、素早く動きつつそれらの目や頭を二丁のリヴォルバーで次々に撃ち抜いていく。撃ち尽くせば、時にベルトの弾帯をなぞりつつ給弾し、『早収はやおさめ』を空中に投げて給弾して撃ち続けた。短い悲鳴と共に悪鬼たちは次々と倒れ、ごくわずかの間に動く者は一人もいなくなった。

「わかってはいたさ」

 真鍮しんちゅう薬莢やっきょうが何個か階段を落ち、転がっていく音を背に城の門の前に立つ。塗り固められた血と骸骨がいこつ臓物ぞうもつで出来たような悪趣味な扉はびくともしなかったが、ルインは顔色を変えずに、以前アポスからせしめたバルドスタの携行砲けいこうほうを取り出すと、ひざをついて点火し、かんぬきがあると思しき部分に目星をつけてぶっぱなした。

「この乱暴者が!」

 悪趣味なドアに埋め込まれた骸骨が意義を唱えたが、鉄球で穴が開き、衝撃でわずかに開いた扉は閂の破壊に成功した事を意味してもおり、ルインは跳躍してドアを勢いよく蹴りとばして内部に進んだ。ついでに骸骨の顔面を狙った蹴りにより、骸骨は短い悲鳴を上げたが意に介しないで進む。

「悪趣味この上ないな……」

 城の構造は全て黒い上品な石材で組まれていたものの、内部の調度品や階段の手すり、よく分からない飾りなどは、ほとんど人骨などで造られている。それでも比較的武骨な玄関ホールを抜けると、もしかしたら外から見た城の外観より広大な広間となっており、おそらくどちらか、または両方に、空間や質量を圧縮させる術式か幻術が働いていると思われた。周囲の壁には柵で仕切られた炎の燃え上がる空間が何箇所も存在し、中央奥にはかなり大きな長テーブルがあり、二人の男がこちらを見ている。

「ようやく会えたな。しかし、そちらの男は?」

 焦りの表情がありありと見られるウラヴ王の顔は分かるが、もう一人の地獄に似つかわしくない学者めいた男が何者かが分からなかった。学者然とした男は立ち上がると静かに一礼した。

「ダークスレイヤー、よくぞ参られた。私はこの領域の管理者の一人だ。詳しい事を話し、あなたと交渉をしたいが、このウラヴ王はまだ切り札があるつもりでいる様子。その後の話でもよろしいかな?」

 学者風の男の強者の気配に目星のついたルインは同意する。

「……了解した」

 この二者の落ち着きように、形ばかりの落ち着きを保っていたウラヴ王が震える声で叫ぶ。

「何なのだ貴公ら! この私を無視したかのような態度を取りおって! まだ切り札はあるのだぞ!」

「ならさっさと使え。身柄は拘束させてもらうが……!」

 突如としてウラヴ王たちのいるテーブルが遠のき、広い円形の炎の壁がルインを取り囲んだ。炎の壁は天井まで続く高い石の壁となり、まるで塔の基部や穴倉の底にいるような感覚をルインは覚えた。

「鋼鉄の番人よ、確実な仕事をして見せろ!」

 ウラヴ王の声が響く。

「なるほどな」

 この空間の中央に立つルインから見て、正面と背後、そして左右に、かなり太い鉄棒で閉ざされた通路があり、その鉄柵が全てするすると上がった。それぞれの通路の暗闇から重いうなり声がし、緑に燃える二つの目が人間の二倍ほどの高さで燃え光っている。

「おお、相手にとって不足なし」

「我らの鋼鉄の肉体」

「不壊にして最強なり」

「いざ叩き潰さん!」

 強者の気配を感じ、ルインの目がやや細められた。

「安易に最強など名乗らない方がいいが、なかなか強そうだな」

 四つの通路から現れたのは、黒い鋼鉄の肉体を持つ太い雄牛の脚、人間の上半身、頭頂と側頭から前に湾曲わんきょくした三本の角を持つ、牙だらけのきばを持った獅子のような顔の戦士たちだった。西瓜すいかのような大きさのとげのある長柄の明星槌みょうじょうつい(※球体に棘のついた殻物の事)に、二刀流ならぬ二棍流の短い明星槌、獅子の顔を模した大盾おおだてに厚刃の大鋸おおのこ、長い鎖でつないだ明星槌と大斧という獲物だった。

約定やくじょうにより、侵入者を殺す!」

 四体の鋼鉄の守護者は同じ声で同時に宣言した。

(四重身よんじゅうしんか?厄介だな……!)

 これらの戦士の魂はおそらく一。意識を四つに分け、得意な獲物を手に完璧な連携をしてくる。相当な手練れの魂が守護者の正体だろうとルインは目星をつけていた。

「叩き潰さん!」

 大盾の突進をかわす位置に大玉の明星槌が飛んでくる。身をひねりつつ散弾銃を撃つが、それは鋼鉄の戦士の身体にわずかな火花を散らすだけだった。そのわずかな一瞬に、獅子の大盾は咆哮ほうこうを上げ、幻像のように薄緑の魔力の獅子の顔が飛び出し、ルインを石壁に叩きつける。

「ああくそ、魔具まぐか!」

 言いつつ『瞬身しゅんしん』でかわしたルインのいた石壁に、明星槌と斧がめり込み、派手に石の粉を散らした。肉体の受けた損傷は瞬時に黒炎で焼き捨てては入れ替え、一瞬の激しい痛みと燃え上がる闘志に囚われぬように、ルインは移動する。

(黒炎こくえんよ!)

 ルインは距離を取って二丁のリヴォルバーを取り出し、一瞬黒い炎をくぐらせては弓を引くような姿勢で構え、明星槌を恐ろしい勢いで振り回していた守護者の緑色に光る目に向けて引き金を引いた。

「オオッ!」

 精妙な間隔でその片目に当たった銃弾は、一発目が抗力と共にはじけ、二発目が破壊の為だけの衝撃を与える。これは拳銃を扱う上での奥義に等しい技であり、硬いガラスがはじけたような音と共に明星槌がおかしな場所に飛び、守護者は目を押さえた。

 しかし、戦果を確認する間もなく、他の三人の戦士が隙無く襲い掛かる。『瞬身』で移動すべく視線を移したルインの目には、二刀流だった戦士の明星槌がどうやら魔具にして仕掛け武器であり、自分の移動先を封じるように鎖と共に伸びきたる様子だった。

(強い! だが……悪くない!)

 美味な食事に、住み心地の良い部屋、そして妙に多い美女。しかし、それらの中にあってやはりこのような灼熱の戦いこそが真の意味で自分の心身を保つとルインは改めて感じていた。鎖の魔法陣を出現させて高く跳躍すると、同じように背後に鎖の魔法陣を出現させ、加速して空中を素早く移動して着地する。

「来訪者よ、強いな!」

 満足げな鋼鉄の守護者の声。

「ああ、あんたもな」

 着地したルインは両手、両足に鎖を巻き付かせた。それは黒煙をまとう獰猛な意匠の黒い鋼の籠手こてとブーツに変わる。

──『黒煙くろけむり具足ぐそく

 さらに、鎖で地面に描いた魔法陣から重い何かを鎖で吊り上げた。黒い鋼の大剣でありながら、所々がひび割れて溶岩のように、溶けた鉄のように赤熱している大剣。

──『鍛冶神かじしん溶鉄ようてつの大剣ラーヴァザクス』

 ルインは怨嗟えんさの火の粉をまとい、重く赤熱する大剣を持ちあげ、肩に担いだ。

「来い!」

 言うまでもなく明星槌と大斧が飛んできた。ルインは肩から降ろした重い大剣を引きずるように構え、それら獲物を逆袈裟ぎゃくけさに切り上げつつ、振りぬいた動作から後ろ脚を回し、さらに振り下ろす。

「むう!」

 見事な大剣さばきに思わず声を上げる鋼鉄の守護者。大斧と明星槌は溶断され、鎖もまた溶断された。

「おおっ!」

 驚きの声を上げつつも鋼鉄の守護者はひるむことなく、獅子の大盾おおだて大鋸おおのこで突進してくる。ルインは大鋸を斬り払い、三つに溶断ようだんすると、獅子の盾の口に溶鉄の大剣を挿しこんだ。獅子の大盾は憤怒から苦痛の叫びに変わり、赤熱して爆散する。そのまま、黒煙の籠手で大剣の柄と鍔を掴み、鋼鉄の守護者のわき腹に差し込むと、鳩尾みぞおちのあたりまで溶断し、守護者は動かなくなった。

「まだだ!」

 長柄の明星槌の守護者が突進し、もう一体の獲物を無くした守護者がルインにつかみかかってきた。その右手に黒煙くろけむり籠手こての拳を当てると、その右腕は赤熱し、守護者はたまらずにその手を放す。そこをルインは左逆袈裟で振り抜き、左わき腹から右肩にかけて守護者を溶断した。

「潰れろ!」

 そこに長柄の明星槌が振り下ろされたが、ルインは引き技でそれを半歩引いてかわし、その柄に足を乗せると、残像を残すほどの激しい蹴りの連撃を浴びせる。動きの止まった守護者に対し、ルインは回転するように薙ぎ払いを仕掛け、その重い首が溶断されて転がった。

「何という使い手よ!」

 残り一体は柄の短い、仕掛け武器の明星槌を両手持ちする守護者だった。左手の明星槌を盾のように振り回して回転させ、右手の明星槌をまるで槍のような鋭さで連投してくる。おそらく四重身を一体にまとめたために集中力と精妙さが増しているのだ。切り払えない間合いも巧妙に制御している。

(厄介だな)

 ルインは溶鉄の大剣を元の空間にしまい、『黒煙くろけむり具足ぐそく』のみの状態にした。今、闘志と戦いにより、黒煙の具足は赤熱をし始め『くすぶりの具足』と呼ばれる状態に変化している。拳闘の構えを取ったルインは鋼鉄の守護者を挑発した。

「そろそろ終わりだ。やり合うぞ!」

「おおっ!」

 恐ろしい音と共に複雑な動きで明星槌が飛んでくる。ルインは籠手の間からその様子を見極め、かわし、時に拳や蹴りを当てていなして、じりじりと距離をつめた。髪をかすった明星槌は、その重量からは考えられないほどの速度でルインの髪の毛を切る。

「おお、ヘルセスよ感謝する! 咎人とがびとの我に最期にこれほどの武人を!」

(ヘルセスだと⁉)

 バルドスタの国教たる女神の名前を守護者が口にした事にルインは気づく。すかさず、ルインは明星槌が当てられないほどの内側まで入り込むと、赤熱し始めた『燻りの具足』の灼熱の籠手での連打を守護者の腹に何発も当て、最後の一撃の蹴りは炎ではなく威力でもって打ち飛ばし、守護者は岩壁にめり込んで動きを止めた。ルインは拳闘の足さばきと短い拳打を少しだけ続け、その拳を降ろす。

「なぜ我を殺さぬ?」

 鋼鉄の守護者は斬首を待つ者のように正座し、ルインにたずねた。

「あんた、バルドスタの武人か?」

「いかにも。遠い昔、妻と息子を流行り病から救うべく、この魂を捧げた」

「そうか。それを聞いたらこっちの負けだな。おれはこの後、ウラヴ王をふん縛って地上に出る。あんたの魂もそこで旅立たせてやろう。見事な戦いぶりだった」

「おお、なんと……!」

 鋼鉄の守護者の残骸は全てこの一体の守護者に鋼色の炎となって吸い込まれて消えた。ルインは鎖の魔法陣を展開してこの鋼鉄の守護者を自分の空間に格納する。同時に、周囲の景色は以前よりも狭い広間の様子に変わった。

「くそっ、こんな! こんな事が!」

 ウラヴ王は両手と両足に雷のような光るかせがはめられており、何がしかの読めない言語の本を読んでいた地獄の管理者はルインに目を向けた。

「見事な戦いだ、ダークスレイヤー。しかし、『はざま投錨とうびょうの地』すなわち貴公らがウロンダリアと呼ぶ世界から来てこの領域を破壊するのは色々と都合が悪い。故に交渉をさせていただく次第だ」

「驚いたな。神でもそれに仕える人間でもない。これはどういうことだ?」

「わかりやすく言うなら欺瞞ぎまんが必要なのだ。我々は貴公を理解している。そして敵ではない。貴公の戦いによって救われたものも多く、我々はそのような勢力に属している。多くは話せないのだが」

 ルインの目はこの言葉で、何かを考えるように一瞬細められた。

「わかった。深くは聞かない。おれの要望はその馬鹿を連れて帰りしかるべき裁きを行い、悪質な呪いからバルドスタを解放する事だ」

「我々は貴公をこの領域に呼び寄せたウラヴ王を拘束し追放する。同じく、契約けいやくを行い、我々の方針を逸脱いつだつする結果をもたらした炎の魔王ザンディールも追放する。元の世界でこの二人を撃破する事により、全ての契約は解除されるであろう」

「やめろ! 認めぬ! こんな馬鹿な事があるか! 私は契約したのだぞ! かつてバルドスタに魔術をもたらしたのに追放しおって! 魔術の奥義を見せ、理解出来ぬ者どもに力を示したらこの結果だと⁉ こんな事は許されぬ」

「少し黙っているがいい」

「うがああぁ!」

 地獄の管理者の言葉とともに、雷のようなかせはウラヴ王の全身に火花を散らし、ウラヴ王は目を回して泡を吹いて倒れた。と同時に、広間の上空にどこかの巨大な城塞の映像が映り、地獄の管理者と同じ服装をした何人かの男たちが映る。

「魔王ザンディールの身柄の拘束、完了した」

「こちらも問題はない」

 映像は消え、地獄の管理者は巻物状の文書を広げると、そこには炎のように燃える印章いんしょうと、ウラヴ王の名前が記入されているのが分かった。

「ダークスレイヤー、これは追放召喚状と呼ばれるものだ。これに名と印章いんしょうを記載された者は、現世に及ぼす害の全ての権限を剥奪はくだつ済みだが、最初の契約だったイェルナ女王の魂などを解放するには、現世において力を剥奪されぬ状態でのこの王と魔王を呼び出し、つまりこの領域から引きずり出し、その上で撃滅すればよい。通常は困難だが、貴公なら可能だろう。持っていかれよ。また、魔王は真の姿で現れる事となる。戦う場所と時間はよく考える事だ」

 言いながら小さな巻物をろうで封印し、地獄の管理者はそれをルインに手渡した。

「手数をかけるが、助かる。こちらで全て殺そうと思っていたが、それは地獄を荒らし過ぎることになる、か」

「うむ。余計な波紋が地獄を経由して他世界に広がるのは防ぎたいのだ」

「理解はできる」

「ありがたい。現世に戻るには、この広間の奥の転移門を使えばよかろう。現世の転移門は貴公の持つあの恐ろしい剣……いや、剣の形をした永劫えいごうの地獄と言えばよいか。あれに移してしまえばよい。この領域の余剰な力もまた、常にあの魔剣に流れ込むことになる」

「なるほど。しかし、随分とおれの事を知っているようだが」

 地獄の管理者はルインのこの疑問に、何かを懐かしむ目と、深い感謝を込めた声で説明した。

「まだ深くは話せないが、我々は貴公に大恩を感じ、同じ敵を憎んでいる。ゆえに、貴公と立場を同じくしているのだ」

 ルインの目は少し思慮を感じさせるものになったが、その後笑って答えた。

「過去の事はほぼ憶えていない。だが、何か理解出来た気はする」

「うむ。『はざま投錨とうびょうの地』は、そろそろ夜明け前だ。心配をかける前に戻られたら良いだろう」

「わかった。ありがとう。これにて失礼する」

 こうして、下層地獄界かそうじごくかいでの激しい戦いを終えたルインは、奇妙な出会いを経てウロンダリアはバルドスタの地に戻る事になった。

 ルインの気配が下層地獄界から消えた後、ウラヴ王の城の広間には、魔王ザンディールを拘束していた地獄の管理者たちも合流した。彼らはルインの戦いの後の戦艦の残骸や残り火、様々な地獄の存在たちの遺骸を眺め、誰ともなくつぶやいた。

「ダークスレイヤーよ、我らアスギミリアの船の民は、貴公に返しきれぬ恩がある。いつか全てが終わった時、我々は貴公に心からの礼を言いたく思っている。妙に美しい宿命が集っているのもそれゆえだが、あれらは貴公にしか守れぬ美しき宿命だ。決して運命を弄んでいるのではない。誤解なくすべてが伝わる事を願おう」

 地獄の管理者たちの言葉は謎に満ちていたが、同時にその眼は遠い感謝も満ちていた。

──この書物に伝えられることは偽りであり、この書籍もまた偽書である。その上で砂金の如く闇から真実を拾うべくこの禁書を読むべきであろう。なぜ禁書とされたかも含めて。

──著者不明。禁書・偽書『アスギミリアの敗北』序文より。

first draft:2020.07.07

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