中編・溶鉄の雨

中編・溶鉄ようてつの雨

 宴席にいたマスティマたちは燃える炎の翼を展開し、重装の鎧を感じさせぬ素早さで天に飛び立った。かつてハーダルの主神が座していたであろう玉座にはこの師団の将軍、マスティマ・ガリエルだけが残っている。

 ガリエルの髑髏どくろかぶとの奥の眼が強く燃えた。

「ダークスレイヤーと呼ばれる忌まわしい反逆者よ、相まみえて貴様を殺したかったのだ。あの炎赤えんせきの守護者ヴァルミスは、かつて貴様に与えられた触れ得ざる女神の一柱。殺さずさらしものにしておけば貴様が現れると踏んでいた。この世界の滅亡などいわばそのついでよ」

 しかしガリエルは黒衣の男の返答を待たずに三対六枚の炎の翼を広げて飛び立った。ダークスレイヤーが雷霆らいていの剣と黒雷の斬撃を放ち、玉座も壁も斜めに交差する斬撃で切り裂かれて崩れる。

「避けなくて良かったのだがな」

 不遜ふそんに笑うダークスレイヤーに対し、空中のガリエルはその怒りを表すように猛火を噴出させ、赤い炎の波動を放った。

「貴様……!」

「どのみちお前らは死ぬ。覚悟も何もいらない。全力を尽くし、そして死ね。おりに獣を呼び込んで喰われる間抜けさでも嘆きながらな!」

不遜ふそんなる罪人が我々を侮るか。後悔するぞ」

 マスティマ・ガリエルは神殿の天井に開いた穴から飛び立ち、その姿を消す。ダークスレイヤーは左手に掴んでいた鎖をジャラと鳴らした。乗っていた棘だらけの鉄球が、小ぶりな西瓜ほどの大きさに縮み、それを肩にぶら下げる。その足元に鎖の魔法陣を展開すると、ダークスレイヤーもまた空に飛び立った。

「アクリシオス!」

 無限世界イスターナルの至高の地、界央セトラの地を駆けるとされる三眼有角さんがんゆうかくの黒馬を呼び出したダークスレイヤーは、燃え上がる黒い炎から現れたその乗騎に飛び乗ってはマスティマたちを討つべく天に飛ぶ。異世界ハーダルの天には、今や非現実的な世界の終末が展開しようとしていた。

 神の使徒そのままに天に立つマスティマ・ガリエルと、その両側に延々と整列するマスティマたち。空の雲は切り取られたように長方形に取り除かれ、遥か彼方に別の澄んだ空と太陽が見えているそれを見たダークスレイヤーの目は険しいものとなり、赤い炎が双眸そうぼうに燃え始めた。

 空を揺るがす重いラッパの音が響き、マスティマたちは一斉に剣を垂直に立てて睥睨へいげいするかのように両手を当てた。マスティマ・ガリエルの声が再び天を揺るがす。

無限世界イスターナルの主、聖魔王せいまおうの玉座の彼方におわす隠れし貴き方々よ! 我らマスティマ、その権能けんのうにより邪悪なる者、および、塵芥ちりあくたに等しい世界を焼き、偉大なる正義と法を執行せん!」

 何者の心にも直接響く威厳に満ちた声が天を震わせる。

「全ては滅び、死に絶える。って語る者はおらず、ただ黙され、示された御業みわざが我らにろくされん!」

 マスティマたちが強大な言霊ことだまで何かを始めようとしている。

「終末を開始する。我ら黙示録アポカリプスを行使せん! 高らかに喇叭らっぱを吹けい!」

 マスティマ・ガリエルの号令に合わせて、整列していたマスティマの何柱かが鈍色にびいろ喇叭らっぱを取り出して吹き鳴らした。重い鉄扉てっぴきしむ様な、あるいは巨大な金管楽器きんかんがっきがあればこのような音になるのか、 地さえ震わす巨大な音が世界を揺るがす。

 やがて切り取られた空の彼方が眩しく赤く輝き始めた。

(……何か厄災やくさいを呼ぶ気か!)

 ダークスレイヤーの目が細められた。

 切り取られた空から夕日よりも赤い光と熱が射しこみ、やがて天体のように大きな何かが両翼に三つずつ計六つ、ゆっくりと降りてきた。それは、赤く輝く溶けた鉄をなみなみとたたえた大きく揺れる坩堝るつぼだった。

「やれい! 滅びゆく世界は溶鉄ようてつの雨による洗礼を受けて焼き滅ぼされん! 、ダークスレイヤーよ、貴様もまたこの聖なる鉄の雨によって焼き殺されるのだ!」

 ガリエルの号令とともに坩堝るつぼが大きく傾き、注ぎ口から白く輝く溶けた鉄が地上に注ぎ落され始めた。

 荘厳そうごんにして残酷な、溶けた鉄の雨による世界の終焉しゅうえんが引き起こされる。

「やめてくれ! これ以上我々の世界を傷つけるな!」

「何という事を……! この期に及んでなお私たちの世界を焼くのですか……!」

 地上の生き残っていた神々たちが叫ぶ。しかし溶鉄の雨は空中のある地点から下には落ちず、その地点で消滅していた。

 ダークスレイヤーとその乗騎じょうきアクリシオスの立つ位置を起点として、薄暗い平面が空に広がり、その面から下には溶けた鉄が落ちず、水面に落ちるように静かに消えていく。

「……何をしている?」

 遥か彼方のダークスレイヤーを権能けんのうによる視覚によって見たガリエルは、その左手から流れた鎖が水面のように薄暗い地平に波紋を広げている事に気付いた。ダークスレイヤーが視線に気づいたのか笑う。

「マスティマの溶けた鉄か。永劫回帰獄ネザーメアで良い武器が作れそうだな」

「……既にそこまでの悟りに至っていたというか……! 皆の者、あの男を早々に殺せ!」

 喇叭らっぱを持たないマスティマたちは炎と化した翼で飛び交い、集合し、それぞれの赤く輝く武器を抜いて一斉に攻撃を放った。赤い無数の火線かせんが空を切り裂きつつ黒い人馬に伸びきたる。光のように一瞬で黒い人馬に到達しようとしたそれはしかし、大規模な黒い鎖の障壁しょうへきによって阻まれて飛び散った。

「なぜ我々の神罰しんばつに等しいさばきの火線かせんが通じん?」

 マスティマたちはここで伝説の存在の危険さを察し始めた。アポカリプスの厄災やくさいである溶鉄ようてつの雨を防ぎ、城郭じょうかくを煙の如く消し去る火線かせんをも弾く。数千の自分たちに対してたった一人の存在であるダークスレイヤーをこれまで何者も倒すことが叶わなかった過去。どこか現実味がなく受け入れてこなかった事が大きな過ちと気付き始めていた。

「これはあなどれぬ……!」

 マスティマたちは全身を炎で覆い、露出していた頭部もそれぞれ獰猛な魔物を模したかぶとに覆われた。

「これぞ我らと神々の敵、ひいては無限世界イスターナルに仇成す存在! 撃滅げきめつせねばならぬ!」

 マスティマたちは銃や弓のような武器を持つ者はまずそれを撃ち、剣や槍を持つ者は伸展しんてんする火線かせんの斬撃や刺突を放った。それは彼我ひがの距離を無意味にする恐ろしい攻撃だったが、その攻撃が不自然に弾かれつつ黒い何かが迫り、少なくないマスティマたちが黒い炎で切り裂かれる。

 死を理解できないマスティマたちは驚いた顔をしたまま炎と化して消えていった。

「何だ⁉」

 謎の攻撃が当たらなかったマスティマたちは、久しく忘れていた感情に心を乱され始めていた。マスティマたちは目を凝らし、鋸刃のこばのついた黒い鎖が同胞たちを切り裂いている事に気付いた。

鎖鋸くさりのこ……ダークスレイヤーの鎖鋸くさりのこではないのか?」

 しかしそう言ったマスティマの首が、次の瞬間には飛んだ。驚いたマスティマの首も刎ねられて空に飛び、やがて流星のように落下していく。

 さらに最前線のマスティマの集団の中にダークスレイヤーが人馬一体、黒い炎のように現れ、自身を障壁のように覆う鎖の球体から黒い炎纏ほのおまと鎖鋸くさりのこを放った。

あなどってはならぬ!」

 対応できたマスティマたちはそれぞれの武器でこの鎖鋸を防いだ。しかし、続いて黒い炎を帯びた横倒しの竜巻が彼らを吹き飛ばす。嵐の魔剣ヴァルドラによる攻撃だった。

 黒い遮光眼鏡しゃこうめがねをかけていたダークスレイヤーはその口角にわずかな笑みを見せる。

「あの坩堝るつぼはいささかまぶしいな。ヴァルドラよ、我が領域の力を貸す。坩堝るつぼを野外にさらせばどうなるか、世の百姓ひゃくせいの仕事(※世の中の様々な仕事の事)を知らぬ神々の犬どもに教えてやれ」

──面白き!

 魔剣の重々しい声がダークスレイヤーの心に響く。

 横倒しの竜巻はその範囲を拡大して暴風雨となり、やがてマスティマたちの奇跡によって切り取られた空に黒雲を起こし始めた。黒い稲妻が走り始め、人の頭ほどの大粒の豪雨が降り始めると、六基の坩堝るつぼは天を揺るがす大爆発を起こした。それはまるで天に浮かんだ六つの火山のように白い煙を吐き出し始める。

「おお、神の御業みわざに何たる冒涜ぼうとくを!」

 そのあまりの力にマスティマたちには言葉を失うものが出始めていた。追い打ちのようにダークスレイヤーの声が響く。

「お前たちはそれぞれが、かつて地上で暴虐ぼうぎゃくの限りを尽くしながらも人間に敬意を抱かれた存在たちだ。しかしその実は誤った尊敬を受けた単なるけだものに過ぎん。真の暴虐は神さえ超え、頭上に何者をも置かない。姿さえ見せぬ神に仕える時点でお前たちは所詮その程度の存在なのだ!」

 戦う者でありながら悟りし者でもあるダークスレイヤーは、マスティマたちの矛盾を的確に指摘した。

「我々を愚弄ぐろうするか! 我らの悪と暴虐ぼうぎゃくは貴様如き反逆者に語れるものではないぞ!」

 マスティマたちが戦列を組み、誓いのように武器を構える。

「問答無用。これより真の暴虐ぼうぎゃくの限りを尽くす!」

 ダークスレイヤーは魔剣ヴァルドラを領域に戻し、肩からぶら下げていたとげと穴の多い鉄球を振り回し始めた。

「天に逆らう獣は貴様だ、ダークスレイヤー!」

 マスティマたちは空中戦に特化した複雑な陣形を展開し、炎に輝く開いた傘のような形をしたそれが黒い人馬に迫りくる。しかし、その陣形は右方向から急に出現した暗黒の天体に叩き潰され、さらにそのまま天の坩堝の一つとの間に挟まれて押しつぶされた。坩堝そのものも割れて再び火山の爆発のような音が世界を揺るがす。

 その暗黒の天体に見えたものは、青黒い火を噴き出して飛ぶ棘だらけの巨大な鉄球だった。その端をダークスレイヤーが握っている。

──神よ! こんな!

──このような存在が……!

 自らの呼び出した坩堝の溶けた鉄に押し込まれ、生きたまま高熱で焼き殺されていくマスティマたちは自分たちの最期が予想もつかない残酷なものであることに気付き、神の加護とその運命を疑い絶望しつつ溶けていった。

「ガリエル様、あれは……!」

 副官ダキエルが言葉を失い、将軍ガリエルを見る。

「……あれは暗黒世界の巨神レイジス・スルトの持つ、巨神武器の一つであろう。『アスギミリアの戦い』で、高き天使プラエトどもの要塞を叩き潰したとされる武器だ」

「何ですと、あれが……!」

「我らマスティマはダークスレイヤーの力、即ち永劫回帰獄ネザーメアにいささかの耐性を持つ。しかし、滅んだ暗黒世界の力に対しては耐性を持たぬ。故にこその巨神武器であろう。しかしダークスレイヤー、奴がこれほどまでに巨神の武器さえ使いこなしているとは……」

 マスティマ・ガリエルは何かを思案する沈黙に入り、再び続ける。

光体こうたいの解放を願い奉るのだ。二体も解放すればよかろう」

「何ですと!」

「貴様と、もう一体だ。ルギエルが良かろう」

「なるほど、奴と私ですか。これで私の位階いかいも上がりますな!」

 ダキエルの声は歓喜に満ちていた。

「しくじるなよ? 軍勢をもう一度奴に当て、その隙に光の剣で全て消し去れば良い。我らは神の使徒、犠牲もまた貴き献身なのだ」

「は、必ずや!」

「最悪の場合でも、我が断罪だんざいの大剣ヴェギシグがあるがな」

 遥か彼方のこの二人の様子を遠目に見ながら、ダークスレイヤーは断末魔の終わらない天の坩堝に食い込んだ鉄球の鎖を引いた。消えるように西瓜すいかほどの大きさに縮小したそれは、青黒い炎を吹き出して手元に戻ってくる。

──破壊の黒星こくせいラゴゥ。

 かつて暗黒世界の星々の海を彷徨っては惑星を喰っていた、天体とも神とも生物ともつかない存在。滅んだ暗黒世界の人々はこの存在を凶悪な鉄球状の武器にして、建造した巨神レイジス・スルトの武装の一つとしていた。

「総員、ダークスレイヤーの足を止めろ! 我らは貴きお方に光体の解放を要請する。この献身は我らの位階を上げることになるだろう!」

「応ッ!」

 マスティマ・ダキエルの号令が押されていたマスティマたちの戦意を高く上げた。使い物にならなくなった天の坩堝に関わっていたマスティマたちは喇叭らっぱをしまい、再び戦列を組む。

「そういうところがお前たちの駄目な所なんだよ」

 呆れたようにダークスレイヤーは呟く。

 その次の瞬間には周囲に無数のマスティマたちが現れ、炎色に輝く武器の猛烈な連携で襲い掛かってきた。しかし実体化した黒い鎖の障壁がそれらを阻む。

「剣を交えよう」

 破壊の黒星ラゴゥをおのれの領域にしまったダークスレイヤーは、鎖の障壁を自在に出現させてマスティマたちの攻撃を意に介さず移動し、その両手を掲げた。

「うう……うううう……」

 苦痛に満ちたうめき声がダークスレイヤーの両手に渡って燃える黒炎こくえんから聞こえてくる。

「何だ⁉ あの武器は!」

「何というおぞましい武器を……!」

 マスティマたちの手が一瞬止まる。ダークスレイヤーの両手に現れたのは八角の断面をした焼け焦げた黒い鉄のくいだった。太く長いその杭には、焦げた男が尻から肩にかけて串刺しにされており、その男が苦悶の声を発している。

──イギルの火刑杭かけいぐい

 かつて界央セトラの地より永劫回帰獄ネザーメアの門を任されていた光の帝国アーラス。その巨人の戦士イギルはあるびとの少女への仕打ちがダークスレイヤーの怒りに触れ、永劫回帰獄の鉄杭によって尻から肩までを串刺しにされ、黒炎に焼かれつつもそのまま武器にされてしまったと伝わる。

 その苦悶の叫びは光にまつわる者たちの戦意を萎えさせ、血肉は神の加護を消し、鉄杭と黒炎は神の使徒さえ貫き燃やす恐ろしい武器だった。

 ダークスレイヤーはこの忌まわしい武器を風車のように振り回し、槍とも戦槌せんついともつかない用い方でマスティマたちと切り結ぶ。

「ああ……! ああああ……!」

 焦げて目の部分が虚ろな巨人イギルの苦悶はマスティマたちさえひるませ、その隙に叩き潰され、削られ、刺し貫かれる者が増えていた。

「このような冒涜的ぼうとくてきな武器は許されぬ!」

「我らの同胞どうほうをそこまで愚弄ぐろうするか!」

 怒りに燃えたマスティマたち。人であった頃は暴虐の武人にして、天に召されては悪に人々をいざない、時に力を行使する存在となった彼らは、ダークスレイヤーにとっては力があるだけのつまらない存在にすぎなかった。

 それでも天使プラエトよりは複雑な存在であるマスティマはそれなりに面倒な相手だった。巨人イギルの苦悶とマスティマたちの断末魔が続いていたが、決死の猛攻により激しさを増す斬り合いの中、ダークスレイヤーの視界の隅にまばゆい光の柱が立ち上る。

(そういう事か!)

 次の瞬間にはマスティマたちもダークスレイヤーも白熱する光の中に全て呑まれた。

──我ら、隠れし神々の為に!

 マスティマたちの存在が白い光の中で蒸散じょうさんして消えてゆく。ダークスレイヤーは展開した鎖の球体の中でその身を守ったが流石に鎖もだいぶ赤熱した。白い光が去るとそれは天を衝く二体の光の巨人が持つ白熱した光の剣による斬撃であり、肉薄した仲間ごと焼き斬る攻撃だった。

 この攻撃で残っていたほとんどのマスティマも消滅し、今や二体の光の巨人とマスティマ・ガリエル、そして数十に満たないマスティマを残すのみとなった。

──この光の剣でさえ消えぬか!

 光の巨人の声が響く。

──しかし怨嗟えんさの鎖でも赤熱した。

──然り、これで焼き斬れぬはずがないのだ!

 二体の光の巨人は空の雲さえ断ち斬る長大な光の剣で嵐のように斬撃を放ち始めた。ダークスレイヤーはおのれを守る鎖の球を拡大させ、声なき者たちの魂に語り掛ける。

「神の摂理せつりという暴虐に無残に殺された人々よ、消える事ない怨嗟えんさを全て託すがいい」

 ダークスレイヤーの呼びかけに応じ、地上から無数の火の粉が舞い上がり、この黒い男に吸われてゆく。それは全てが激しい怒りと悲しみに満ちた怨嗟えんさの魂だった。赤い星雲とその中心のように空は怒りに赤暗く染まる。

「奴に死者の怨嗟えんさを吸わせるな! 焼き斬るのだ!」

 マスティマ・ガリエルの声に応じて二体の光の巨人はその剣を両手にあらわし、さらに双剣の形にして猛烈な斬撃を続けた。しかし球形の鎖は次第に赤熱さえしなくなり、黒いままにとどまる。

──なぜこの力さえ通じない!

──神の御業がここまで通じぬのか!

 ダキエルとルギエルは、絶対者の力を扱うはずの自分たちの攻撃がろくに通らない事に驚きを隠せなかった。それは神に疑念を持つことに等しく、あってはならない事だった。ダークスレイヤーの双眸そうぼうが赤く燃える。

「理解出来ないか? お前たちの因果がそのまま返るのだ」

──因果だと?

「神の名の元なら何をしても許されると本気で思っていたのか?」

──馬鹿な、神を否定するか!

 しかし、現に世界を滅ぼすだけの力がこの男には全く通じていない。それはこの男の力が至高の神と少なくとも同格である可能性さえ意味し、しかしその想像はマスティマには不敬に過ぎる事だった。

 神々の不都合を封じたとされる永劫回帰獄ネザーメア。果たして、それは何を意味するのか? 光の巨人と化した二体のマスティマは、おのれの疑念を振り払うように斬撃を続けた。

 対して、怨嗟えんさの火の粉を集め終えたダークスレイヤーは黙祷もくとうを捧げるように目を閉じ、ゆっくりとその眼を開く。左手を掲げると鎖に繋がれた黒い大剣が黒炎と共に現れ、開いて下げた右手には稲妻が収斂しゅうれんし、白みがかった黄金の三又の双剣があらわれた。

──剣の形に焼き固められた地獄、魔剣ネザーメア。

──雷の軍神の遺物、雷双剣アストラ。

 ダークスレイヤーは鎖の障壁を消すと、両手の武器を持ち替えつつ黒い稲妻そのもののように移動し、半透明に暗く伸展した魔剣の斬撃と、無数の雷撃を双剣から放つ攻撃で二体の巨人と渡り合い始めた。

 それは非現実的な神話そのものの戦いだった。

──かつてアーラスの武力の象徴でもあった光の巨人イギルは、忌み人の少女に対し特にひどい扱いをしていた。しかし、それがダークスレイヤーの怒りを買い、戦いの末に尻から肩までを鉄の杭で刺し貫かれ、焼かれ、武器の一つとされてしまった。

──賢者フェルネーリ著『禁書・アーラスの陥落』より。

first draft:2021.3.7

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